壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

老魔法使い フリードリヒ・グラウザー

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老魔法使い フリードリヒ・グラウザー
種村季弘訳 国書刊行会 2008年 3800円

図書館の新刊コーナーで見かけました。ドイツ・ミステリを読みたかったのでラッキー! 三冊分はありそうな本。・・・・で、やはり三冊分ありました。長かったけれど、ガマンして読めばかなり面白いし、シュトゥーダー刑事なかなか良かったです。この刑事(ある事件があって出世の可能性はないらしく、警部ではないようです)さん、独仏伊三ヶ国語と独語方言にも堪能で、犯罪者や貧困層アウトサイダーたちに向けられたやわらかい目が独特です。

正確にはドイツ語圏のミステリです。作者フリードリヒ・グラウザー(1896-1938)はスイスのミステリ作家。父親とうまくいかず、若いときからダダイズム運動に加わり、薬物中毒で精神病院に隔離され、その後外人部隊、皿洗い、炭鉱夫などの職を転々とし、その放浪生活の中で多くの作品を書きました。  作家として認められたのは、1935年に書いたシュトゥーダー刑事のミステリからで、シュトゥーダー刑事ものは六編の長編と四〇編近い短編ミステリがあるそうです。1938年に42歳という若さで死去。スイスでは人気のシリーズだそうです。  さらにドイツ・ミステリの先駆者として、ドイツ推理作家協会にグラウザー賞というのが設けられています。
資料:巻末略歴、アガ・サーチ及びドイツ・ミステリの館より

フリードリヒ・グラウザーの過去の邦訳はすべて種村季弘さんの手によるもので、本書は2006年に亡くなった種村さんの『遺稿翻訳集』という形で出版されています。『シュトゥーダー初期の諸事件』(12編よりなる短編集)と『シュルンプ・エルヴィンの殺人事件』『シナ人』の二編の長編が収められています。

『シュトゥーダー初期の諸事件』より
「老魔法使い」シュトゥーダーは大雨の中、妻四人を殺害したという疑いのある農夫を捜査しに向かう。酒と煙草で容疑者と向かい合う場面は緊張感にあふれています。動機がなんとも奇抜。

「尋問」予審判事の前で一人語りする容疑者。ひたすらいいわけをする男の話から、列車の二等室でおきた事件が徐々にあきらかになる。この口先男の幕切れは本当なのか。

「犯罪学」新設された化学捜査室の女性検査官の話。意外な結末が面白い。

「はぐれた恋人たち」若い娘の溺死体が発見され、恋人が疑われた。シュトゥーダー警部はお見通し。

「不運」予審判事の前で容疑者が言い訳をする。大金の入った財布を拾った踏切番の男の一人語り。

「砂糖のキング」殺された男の手にはチェスのキングの駒と角砂糖があった。ダイイングメッセージを解いたのはクライビヒ警部。ドイツ語のせいか、面白さ分かりません。

「死者の訴え」殺した女が殺された男の枕元で一人語り。駄目な男に恨み言を述べたてているうちに、なぜか感傷的になってしまう。しかし殺したことを後悔したりはしない。面白いので、舞台での一人芝居にしたら映えると思います。

「ギシギシ鳴る靴」シュトゥーダー警部は口峡炎(アンギーナ)で長く自宅療養中。そのアパートでなにやら事件が・・。シュトゥーダーは壁伝いに聞こえる音を頼りに推理を始める。犯人の動機がテーマでしょう。シュトゥーダー警部の家庭生活が垣間見られます。妻がロマンス小説にのめりこんでいて、心配しているみたい(笑)。このときは警部だったらしく、あとで降格になっているのではないかな。

「世界没落」予審判事マックス・ユッツェラーをめぐる人々の書簡のみからなる短編。放火犯人にシンパシーを持つ判事の、精神医学的上の異常性が徐々に明らかになる。

千里眼伍長」アルジェリア外人部隊の駐屯地にて、千里眼を持つという伍長が出てくる。よく分からないなあと思っていたら、『砂漠の千里眼』という長編があって、これの習作のようです。

「黒人の死」外人部隊の話。黒人のシャルル・セニャック伍長の過去はなぞめいている。

「殺人―外人部隊のある物語」入隊して手当てをもらったばかりの男が死体で発見された。過去にも似たような事件が多発している。フリードリヒ・グラウザーは外人部隊にいたことがあって、『外人部隊』という作品もある。これら三篇はそちらのほうに入るものかも。

『シュルンプ・エルヴィンの殺人事件―シュトゥーダー刑事』
シュトゥーダーが護送してきた容疑者シュルンプ・エルヴィンが拘置所で自殺を図った。殺されたヴェデリーン・ヴィッチの娘ソーニャとは恋仲だった。シュルンプが犯人とは思えないシュトゥーダーは、捜査のやり直しを始めた。田舎での捜査は、とにかく時間がかかってたいへん。(読むのもたいへん。)全体として読みにくいし、じっくり読まないと意味の取れないところもありましたので、読むのにかなり時間がかかりました。会話と地の文が明確でなく、長い会話が改行なしに続き、語り手すら明示されていないので厄介です。でも、日本語として読みにくいということではありません。むしろ、定年間際のうらぶれた刑事シュトゥーダーが四苦八苦し、一喜一憂している心情に共感し、健康状態を心配してしまうような引き込まれ方をしました。田舎では誰もが黙っているかウソをついている。シュトゥーダーは風邪気味で、最後には高熱を発しながら、酒で対決して犯人を追い詰めるところはなんとも気の毒。シュトゥーダーの人情味で、法体系の埒外の解決もやむをえないような気になります。

『シナ人』
シュトゥーダーが以前に知り合ったジェームズ・ファーニーの死体が見つかった。自殺に偽装されていたが、殺されたことは明白だった。風貌のせいでシュトゥーダーが「シナ人」とひそかに呼んでいたファーニーは、自分が殺されることを以前に予告していたのだった。ファーニーの親族や関係者が近くの園芸学校や救貧院にいて、誰も彼もが怪しいそうで、シュトゥーダーは孤軍奮闘。不幸な生い立ちのルートヴィヒを助手にして、犯人たちを追い詰める。話が現代物のようにスピーディーには展開しないので、多少イライラしますが、最後に関係者全員を集めての謎解きがあって、分かりやすかった。上の作品の時よりは、シュトゥーダーの頭もハッキリしていて有能な感じでした。


グラウザーのシュトゥーダー物の残り:『砂漠の千里眼』『狂気の王国』は、それぞれ外人部隊、精神病院を舞台にしている。『クロック商会』は娘の結婚式が事件の発端らしい。ど・れ・か・ら・読・も・う・か・な。やっぱり、『クロック商会』にしましょうか。

グラウザー賞の受賞者で唯一見覚えのあるのがベルンハルト・シュリンクの『ゴルディオスの結び目』。シュリンクのミステリは『ゼルプ』シリーズも未読なので、これもいつかそのうちに読みましょう。

翻訳本以外に、種村季弘さんの本はたくさんあって面白そうです。『江戸東京《奇想》徘徊記』探してみましょう。一冊の本から読みたい本が多数増殖するので絶対に追いつけませんね。