壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

エヴリブレス 瀬名秀明

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エヴリブレス 瀬名秀明
TOKYO FM出版 2008年 1600円

証券会社で数理解析の専門家として働く杏子は、高校時代に好きだったトシオ先輩(洋平)に再会します。文化祭の夜に、二人で見た不思議な町の風景が最後の思い出でした。永遠の愛とは何かという純愛物語ですが、デジタルラジオで放送さらにネット配信された作品だそうで、瀬名さんの理系バリバリの難解部分は少なく、ソフトでライトな仕上がりです。

でも、単純な造りではありません。(以下は多少ネタバレですが、)杏子が洋平と再会したのは『Breath』という仮想空間でした。一時期話題になった『Second Life』のような仮想世界です。27歳の杏子は、あるきっかけで『Breath』に自分の分身を作ったのですが、九年後に再び『Breath』にアクセスしたとき、その世界は独自の進化を遂げ、分身は人工知能のように自律的に生活していました。

物語は現在・過去・未来を行き来し、現実空間と仮想空間の境界はいつの間にか揺らいでいます。後半、杏子の娘、孫娘の世代まで物語が続きます。バーチャル世界の人工生命体やら、脳と通信が直結するといったサイバーパンク風の、今世紀末の未来世界はあくまで美しく叙情的に描かれています。

『Breath』の世界は、無数のレイヤーが同時に存在するパラレルワールドです。各々のレイヤーでは自分の分身はキャラクターが少しずつ異なり、また時間が少しずつ、ずれているらしいのですが・・。この物語で現実とされる世界もまた、私たちにとっての仮想世界です。私たちにとっての本当の現実は、今世紀の終わりどのようになるのでしょうか。バーチャルでしか夢を見られなくなるなんて事がないように願うばかりです。