壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

シャドウ・ラインズ 語られなかったインド アミタヴ・ゴーシュ

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シャドウ・ラインズ 語られなかったインド
アミタヴ・ゴーシュ 井坂理穂訳 而立書房 2004年 2500円

カルカッタ、ロンドン、ダッカ。3つの都市・世代を引き裂き、結びあわせる歴史、暴力、沈黙、そして記憶…。印パ分離独立が残した南アジアの特殊な社会・政治状況の深層を、インドの中流階級出身である「僕」の視点から描く。

「僕」が語るのは、あくまでもある家族とそれを取巻く人々の物語なのです。「僕」の思い出すままの記憶の断片がつなぎ合わされて、一族の肖像が描かれていきます。親戚のトリディブは、歳の離れた兄のような存在でした。若い時にダッカに住んでいた祖母は家族の要で、「僕」は心から敬愛していました。ロンドンに住むまたいとこのイラには、幼い思いをもっていました。

ダッカで祖母が住んでいた家を真ん中で分断する壁とさかさまの家。生まれ故郷のダッカになかなか帰れない祖母。自由を求めて葛藤するイラ。パキスタンからの難民とパキスタンへの難民。そうしたいくつものエピソードは、国境、宗教、社会、個人などに無数に存在する、目に見えない境界線(シャドウ・ライン)、それと同時にいくら引いても見えなくなってしまう境界線をあらわしているようです。

「僕」の子どもの頃の体験(カルカッタでの暴動)の事実は、大人になってやっと明らかになるあたりは迫力がありました。三冊目の作品で、やっとゴーシュにすこしだけ納得がいきました。井坂理穂さんのすぐれた訳文と深い洞察をもつ解説があったためかもしれません。

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世界の歴史27 自立へ向かうアジア
狭間直樹 長崎暢子 中央公論新社 1999年 2500円 

ゴーシュの作品を読み進めるうちに、インドの歴史(南インドの近代史)に興味がわきました。この本の第二部は「非暴力と自立のインド」で、19世紀半ばからの歴史が扱われています。これを読んで、改めて「カルカッタ染色体」「ガラスの宮殿」を思い出しました。

「ガラスの宮殿」では、登場人物の語りを借りて社会的な背景が詳しく語られる部分も多かったのですが、例えば、イギリスの官僚制度の中に位置するインド人という視点を得て、ウマの夫である収税官の人物像に改めて納得がいきました。軍隊に入って下士官となったアルジャンの話も然り。

カルカッタ染色体」のSF的な視点の後ろには、自然科学(西洋社会の産物)に納まることをよしとしない思想、鉄道線路にまつわるホラーのような話には、イギリスのインド政策に対する思いを深読み?できるような気がしました。