壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

素数の音楽

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素数の音楽 マーカス・デュ・ソートイ
冨永 星訳 新潮クレストブックス 2005年 2400円

クレストブックスには珍しくノンフィクションでした。それも数学の数論史なのに、この分野に深い理解をもつ著者だからこそなのでしょう、非常に面白い本でした。

1900年にゲッティンゲン大学のダーフィト・ヒルベルトが数学上の23の問題を提示したが、この百年間に解けなかったのは第八番目の問題「リーマン予想」だけでした。2000年にはこれを含む七つの問題に100万ドルの懸賞金がかけられました。

無秩序に存在するように見える素数に、じつは法則性があるのだという「リーマン予想」は、純粋数学のためばかりでなく、暗号解読にも量子力学の分野にも関係した重大な問題だそうです。この作品は「リーマン予想」と、それを証明しようとした数学者たちの物語ですが、奇人変人も天才も謎に取り付かれた数学者たちの波乱万丈の知的冒険は魅力的で、十分に人間臭く、ちょっと哀しい。

リーマンの失われた小さな黒いノート。インドの数学者ラマヌジャンの数奇な運命。アラン・チューリングの毒林檎。インターネットによる最大のメルセンヌ素数(2^n-1)探し。リーマン予想の真偽に賭けられた35万ドルのワイン。手品師だったパーシ・ダイアコニス。牢屋で論文を書いたアンドレ・ヴェイユリーマン予想に取り付かれ狂気に至った数学者たち。

提示されたわずかな数式の理解が求められてはいませんので、数学上の説明の細部が理解できなくてもかまわないようです。数学的に論理を追う事は素人には難しいので、読んでいると迷路に迷い込んだような気がします。でも著者の巧みな比喩と誘導によって、数学の迷路を抜け出たような錯覚にとらわれます。本当はわかっていないのに、なんだかわかったような気になるので不思議です。

素数素因数分解)がインターネット暗号技術を支え、数論がインターネットセキュリティーと密接に関連し、さらに巨大なマネーに結びついていくばかりか、量子物理学という全く別の方向にもつながる面白さはわかりました。素数が奏でるであろう美しい音楽を聴ける良い耳を、自分が持っていないのが残念です。