「素数の音楽」に味をしめて、新潮クレストブックスのノンフィクションを探していて、それらしい本を図書館で見つけたものの、この本はフィクションでした。フィクションの形式を借りた、人工知能に関する科学史です。サイエンティフィック・フィクションであって、サイエンス・フィクションではないらしい。
1949年の嵐の夜、イギリスの科学顧問C・P・スノウの呼びかけで4人の知の巨匠たちがケンブリッジに集まり、ディナーを共にしながら議論した。その四人とは、J・B・S・ホールデイン、アーウィン・シュレーディンガー、アラン・チューリング、ルードヴィヒ・ヴィトゲンシュタインという設定がフィクション。
デザートに毒が入っていたとか、ここに来る前に殺人を犯した人物がいたとか、五人のうちの一人が宇宙人だったとか、何か現実的?な謎を解くために議論をしているのではありません。その夜にもし五人が一堂に会したなら、こんな議論をしたであろう、こんな五重奏を奏でたかもしれないというのです。
初めのうちは、会話の言葉使いが平板過ぎて(原文のせいか訳文のせいかはわかりませんが)、五人それぞれの個性がはっきりしません。中盤あたりになってやっと会話が面白くなったのですが、当時は先端的なテーマですらなかった人工知能についての議論は、論理学、数学、物理学、生物学、心理学に及びます。五人がそれぞれの思想的背景を踏まえて発言しているらしいのですが、最後まで議論はあまりかみ合わないみたいです。問題提起というところなのでしょう。
五人の知の巨人の簡単な経歴は、冒頭で紹介されていました。ヴィトゲンシュタインとC・P・スノウは名前しか知りませんでした。ホールデインという表記だったのでピンときませんでしたが、調べていて、集団遺伝学のホールデンで、さらに酵素反応速度論のHaldaneと同一人物だということに今気がつきました(どうでもいいですけれど)。
著者のジョン・L. キャスティにはたくさんの著作がありますが、これが初めてのフィクションだそうです。この作品、フィクションの面白さとしてはイマイチです。この五人のことを私生活も含めてよく知っていたら、笑えるかもしれませんが。「パラダイムの迷宮」は「AI・生命の起源・ET・言語…未解決の謎をめぐる科学の法廷」という副題で、法廷スタイルで書かれているそうなので覗いてみましょう。