図書館の新着コーナーで見つけた本です。『素数の音楽』に出てきたインドの数学者ラマヌジャンについては興味がありました。上巻に「ラマヌジャンの渡英」下巻に「ラマヌジャンの挫折」という副題があったので、てっきり評伝だと思って読み始めたら、当てが大外れ。第一章を読み終えてもハーディーの話ばかりで、ラマヌジャンがほとんど出てこないので読むのをやめようかと思ったくらいです。どうも評伝じゃないらしいと、表紙を見たら原題が「The Indian Clerk/A Novel」となっていて、さらに「実話に基づいた小説」(あとがき)であるとのこと。改めて仕切りなおして読み始めました。
ラマヌジャンをイギリスに呼び寄せ共同研究したハーディーの視点で語られています。ラマヌジャンがイギリスで暮らしたのは1914年から1919年までのまさに大戦のさなか。そのころのケンブリッジ・トリニティー・カレッジを中心にしたイギリス社会の様子が、人種的偏見、ラッセルの反戦からハーディーの同性愛やリトルウッドの不倫まで、あからさまに描かれています。
多くはラマヌジャンを取り巻く人々の物語であり、ラマヌジャンについてはハーディーの回顧(と悔恨)によって具体的な事実が知られるのみ。ラマヌジャンを取り巻く人々は、悪気はないにしても、ずいぶんと身勝手に彼を振り回したのではないでしょうか。食糧事情の厳しい戦時下で菜食主義を押し通し、居所のない孤独なラマヌジャン。故国に残してきた母親と妻の葛藤と、さらに故国の期待とハーディーの期待を背負って地位の獲得にも研究にも心を引き裂かれ、心身ともに健康を害していく様子がうかがえます。ラマヌジャンの内面がまったく描かれてはいないのだけれども、それでも痛ましい様子が伝わってくるようです。