壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

アラビアンナイト

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アラビアンナイト―文明のはざまに生まれた物語
西尾哲夫 岩波新書 2007年 780円

まず、口絵のウォルター・クレインが挿絵として描いたという「アラジンと魔法のランプ」に驚かされてしまいます。牡丹が咲き景徳鎮のつぼの置かれた、イスラム風タイル張りの部屋には、インドシナ風の円錐形帽子をかぶり、日本風の着物のようなガウンをまとい、イヤリングをした東アジア系の顔つきの人物が、香炉ともランプともつかないものを手にもっています。「なんじゃこりゃー」といいたくなるくらいの混乱したイメージです。でもこれがヴィクトリア朝後半のイギリスが、アラビアンナイトに持つ一般的なイメージだったらしいのです。(ウォルター・クレインWalter Craneは有名な挿絵画家で、ネットで絵がたくさん探せます。)

2004年は、ユネスコの「アラビアンナイト記念年」(アラビアンナイトがヨーロッパに紹介されて三百年目)で、日本での国立民族学博物館での「アラビアンナイト大博覧会」の内容が元になっているそうです。アラビアンナイト研究の幅広い分野の紹介のようで、新書ですから物足りないところも多いのですが、とても面白い本です。

三百年前にガランが初めてフランス語に翻訳したとき、彼が、これは千一夜分ある長大な物語の一部であると誤解したところから、まぼろしの原典をめぐって、偽写本があらわれて勝手に話が増えたり、別の物語も千一夜という枠物語の中に組み込まれたりしながら、ヨーロッパに急速に広まっていきました。

さらに、ヨーロッパの社会背景や需要によって、児童文学へ、好色文学へ、オリエンタリズムの道具としてさらなる変容を遂げ、ヨーロッパではフォークロアの一部として社会に組み込まれています。しかしアメリカでの受け取られ方は、ヨーロッパの場合とは明らかに異なり、アメリカのイスラム観をよく表わしているというあたりは、とても納得できます。

アラブ世界ではヨーロッパから逆輸入する形で物語が変容し、アラビアンナイトは文明と文明の間を往還しつつ、絶え間ない変身を遂げたそうです。そして、文学だけでなく、絵画、芝居、オペラ、音楽、バレエ、映画、アニメ、ゲームなど、今までに創作された全てが、進化しつつあるアラビアンナイトだというのです。R・コルサコフのシエラザード、プッチーニトゥーランドットパゾリーニアラビアンナイト、手塚治やディズニーアニメなどなど。

アラビアンナイトがヨーロッパでどのように変容したのかのまとめが最終章にあります。オリエンタリズム、もっと広く、文化的他者認識の普遍的メカニズムという文脈でアラビアンナイトの変容を捕らえています。

ボルヘス「七つの夜」で“「千一夜物語」はまだ死んではいない、今もなお成長し続ける物語である”という言葉から、「千一夜物語」の変遷を知りたいと思っていたところで、この本を見つけました。いつも古い本を読んでいるので、久しぶりの新刊です。図書館にはまだありませんでしたが、どうしても読みたかった。

書店で衝動買いしないように、図書カードをネットショッピングに使えないかと探すと、取次店系の「本やタウン」か「e-hon」に注文して近所の書店で受け取れば、一冊から送料無料で、図書カードと図書券が使えることを発見。ついでにあの本とあの本も注文し、取りに行ったついでに別の本をやっぱり、衝動買いしました。ネット注文したのに意味がありません。でも未読本が数冊手元にあると安心します。