壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

日の名残り

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カズオ・イシグロ「私を離さないで」を読んで以来、読みたいと思っていた本です。英国の執事が一人称で語る形式は、「私を離さないで」のものと共通する点があるようです。社会的な情勢と個人の内省的思索が絡み合った形で、物語が進んでいきます。

主人公の置かれていた状況や雇い主の貴族のこと、また主人公自身の心情が、最後の方で一気に明らかになっていくのですが、読者の、主人公に対する思い入れが徐々に高まってくるように計算して構成された小説のようで、作者の話術にすっかり魅了されます。

大英帝国の栄光と凋落(もしくはイギリスの憂鬱)が、この短い小説の中で主人公の執事のごく個人的な心情にみごとに重なって理解されます。主人公のこだわる「品格」が美しく貴重で、かつ、はかなく愚かしいものか、その価値の二面性がうまく描かれていると思います。

人生を生きるということは、自分がこうあるべきだと信じる人生を演じるということでもあるでしょう。時には演じている人生をやめて、あの時こうすればよかった、と主人公のように思うでしょうが、大体はそうせずにまた演じ続けるのです。まあ、それもよかったのかと、諦念に似た気持ちをもって人生を終わるのは、悪くないかもしれません。しかしそう思うことはまた、なんとむなしいことでしょうか。

社会の制度が硬直した時代では、人は自由に生きられなかったかもしれませんが、現代の先進社会のように、社会制度や価値観が流動的で、自由になんでも選択できる社会も、別の面でまた生きにくいものです。私たち一人一人が手に入れた自由はまた、私たち自身の進む道をせばめているのです。しかし、自由を希求するのもまた人間の本性です。

最後に、アメリカ人の新しい雇い主のために、ジョークの練習をしようと決意した主人公の姿は、イギリスとアメリカの関係、グローバリズムの名の下に、アメリカナイズしている世界にたいする痛烈な皮肉であるようです。