壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

老ヴォールの惑星  小川一水

老ヴォールの惑星  小川一水

早川書房  Kindle unlimited

読み放題につられて初読みの作家のSFを読みました。ハードSFなのにわかりやすくて面白く、深みもありました。「ギャルナフカの迷宮」「老ヴォールの惑星」「幸せになる箱庭」「漂った男」の4編です。中味が濃くて、短編というより中編と言った方がいいかもしれません。時間経過の長い話をぎゅっと圧縮して、面白い展開でぐいぐい読ませます。そして「極限状態で人として(もしくは生命体として)どう生きるか」という普遍性のあるテーマを共通して持っています。ギリギリ追いつめられても、かすかな希望を感じられる最後で、読後の満足感がかなり高く、他の作品も読みたいと思わせてくれました。もう一冊『フリーランチの時代』をKindle unlimitedで見つたので、即確保。

 

以下ネタバレですが、ここに書いておかないとすぐ忘れるので…

 

ギャルナフカの迷宮政治犯が収監される地下迷宮では、一枚の地図だけが各人の持ち物だった。地図には食料と水のある場所だけが描かれている。囚人たちが互いに争うばかりの迷宮で、テーオは社会的制度を作り上げようとする。投獄されて10年が経ち…。

♪迷宮が作られた意図は一種の社会実験だったようだ。囚人たちが政治犯や思想犯ばかりという前提もここで効いてくるのではないか。短時間での社会制度の形成のポイントだろう。

老ヴォールの惑星木星型の灼熱ガス惑星(ホット・ジュピター型惑星)サハーラに棲むケイ素系生命体は繁殖しないが、個体の持てる知識を捕食し伝達することで、種としての連続性を保っている。サハーラ史上最も巨大で賢い個体である〈惑星の老ヴォール〉は、遠くの惑星を観察して知的生命体の存在を知る。そして惑星サハーラに別の大きな天体が衝突する未来を予測する。滅びゆく自分たち種族の知識を他の惑星の生命体に伝える事ができるのか…。

♪ファースト・コンタクトがもう一つのテーマ。ホット・ジュピター型惑星を初めて知った、面白いな。

幸せになる箱庭」太陽系木星の質量が減少していることに気が付いた。木星に設置された未知の装置が、遠くの天体に木星の資源を送り出しているらしい。このままでは太陽系のバランスが崩れて人類は生存できなくなる。木星の装置を使って150光年離れたクインビーという生命体に会いに行く。クインビーの母星に向かった代表団7人は、それぞれが思い描いていた地球外生命体とのファースト・コンタクトを体験する。しかしそれは仮想空間だったのだ。

♪クインビーに与えられた幸せな仮想現実を選ぶのか、思い通りではない現実を選ぶのかという一種の思考実験。主人公は現実を選んだが、それは本当に現実なのだろうか。

漂った男」事故で、はるか遠くの惑星イービュークの海面に墜落したタテルマは、救助を待っている。しかし広大な惑星表面がすべて海であるため、位置が特定できず救助は難航している。穏やかな海の海水は栄養豊富で比重が大きいので、何もしなくても生きてはいける。手持ちの装置は小型通信機だけで、捜索隊本部との会話はできるが、他にすることがない。

♪「星一人ぼっち」だけれど、サバイバルのために何もすることがない。通信機を介しての会話だけがその無聊を慰めている。助けが来なければこのまま自然死を待つだけ、という状況でどう生きていくのか? ただ生きているだけでは人は生きていけないのだろうか。唐突な最後の一言がいい。