壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

渚にて ネヴィル・シュート

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渚にて ネヴィル・シュート
佐藤龍雄訳 創元SF文庫 2009年 1000円

「人類の終焉」というのはSFの主要なテーマ。現在の流行は「気候変動」なのかと思っていたら、「惑星直列」なんていうのがリバイバルしています。「新人類の誕生(進化)」「地球外生命体の侵略」「隕石」「疫病」「環境汚染」という定番から「神の御業」という古典まで、小説や映画のネタは尽きません。

冷戦時代の定番は「最終戦争」。1960年代に盛んにあおられた核の恐怖は冷戦構造を支えるプロパガンダでもあったでしょうが、子供の頃本気で怖かったことを思い出しました。それに今だって「気候変動」よりは「核兵器」の方に差し迫った危機感があります。その証拠に「核兵器廃絶」を唱えただけで平和賞がもらえます^^。

核戦争後の世界といえばやはり『渚にて』。グレゴリー・ペック主演の映画をみて感動し、原作を読みました。もう何十年も前なので、映画のテーマ曲「ワルチングマチルダ」は強烈に記憶に残っていますが、小説のほうはあまり記憶にありません。新訳が出ていたので再読し、ついでに古い映画も探して見てしまいました。

第三次世界大戦が勃発、北半球は放射性物質によって深刻な汚染を受けすべての生物が死滅した。潜行中だったアメリカの原潜スコーピオンは生き残ってオーストラリアにたどり着いた。南半球の国々にも汚染がじわじわと押し寄せている。石油など北半球からの供給は途絶え、多少の混乱はあるものの人々の多くは人類の終焉を受け入れているようにも見える。そんな中、北アメリカ西海岸から断続的なモールス信号が届いた。発信源を確かめに原潜スコーピオンが出航する。

若い頃には映画のほうに感動したけれど、今回は小説の方がずっと印象的でした。近頃の終末物のような集団パニックの場面はまったく描かれず静かで穏やかとさえいえる最後です。この作品は「人類の終焉」という視点よりも「死生観」がテーマであるような気がします。死を目前にしたとき人は限られた日をどう生きるべきか。若いときには考えもしなかったことが、今はごく身近な問題として胸に迫ります。