壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

歌うカタツムリ 千葉聡

歌うカタツムリ 進化とらせんの物語 千葉聡

岩波科学ライブラリー262   Kindle unlimited

タツムリを題材にした進化生物学の歴史がテーマですが,不思議なカタツムリの生態,進化学を推し進めてきた研究者たちの歴史という視点でまとめられた,面白い本です。進化学の歴史だけでなく,研究者たち個人の歴史,研究の現場での様子が生き生きと描かれていますので,読んでいて飽きませんでした。明治初期の日本の動物学の黎明期の話も出てきて,朝ドラ「らんまん」の世界を垣間見るようです。

 

副題の「進化とらせんの物語」とは,カタツムリの殻のらせんと遺伝子のらせん,さらに進化学が紆余曲折する道筋を表現しているそうです。らせんは行きつ戻りつするけれど,同じ場所には留まらず,先に進んでいく力があります。ダーウィンの生物進化論が広く受け入れられた後も,進化のメカニズムに関しては大きく分けて二つの主張がありました。自然選択による適応的進化なのか,偶然の出来事によるランダムな進化なのか,喧々諤々の議論がなされてきました。

ある時は適応主義が優勢になり,ある時は地球史的なイベントがきっかけとなったランダムな平衡説がトレンドになります。遺伝子の塩基配列が得られるようになると,数学的な解析が行われ,計算機が使われ,分子レベルでの系統進化が明らかになりました。

現在では,二つの対立はアウフヘーベンされて,適応的な要素と偶然の要素が複雑に絡み合った総合的な考え方に至っています。進化学もまた,未来に向かって進化し続けているといったところでしょうか。

しかし,海洋島に生息するカタツムリたちの未来はけっして明るくありません。ポリネシアのカタツムリ,ハワイ島の歌うカタツムリは,生物農薬として持ち込まれたカタツムリの捕食者が原因でほぼ絶滅したそうです。小笠原父島の固有種もまた,外来の捕食者のために壊滅的だそうです。

複雑な生態系と進化の歴史を相手にするとき,地球に優しいという謳い文句で安易に生物農薬などを使うということは,人間の浅知恵でしかないと思いました。

 

科学ライブラリーのこの紙の本は絶版になりましたが,同じものが岩波現代文庫から出ているようです。Kindle unlimitedで読めてラッキーでした。