壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

生物時計はなぜリズムを刻むのか

イメージ 1

生物時計はなぜリズムを刻むのか Rhythms of Life
ラッセル・フォスター, レオン・クライツマン
本間徳子訳 日経BP社 2006年 2200円

時間生物学について、とてもわかりやすく書かれています。活字が大きめであること(これは老眼の身には最重要条件)。章ごとの目的(はじめにの章)とまとめが書かれていること。わかりやすい言葉と、自然な訳文。歴史的な背景と新しい知見の両方をそなえていること。索引、参考文献がきちんとしていることなどが、読みやすい理由です。また、いろいろな生物の不思議な現象が面白く紹介されています。事例の紹介も、最近のスペースシャトルでの話、「レナードの朝」、「ER緊急救命室」など親しみやすくて、一読の価値ありです。

各章の覚書を作っておかないとすぐ忘れてしまいそうですので・・。

第一章 「内的な一日」と「外的な一日」 生物時計は、「おじいさんの古時計」で、大体はあっているが、毎日時間をあわせる必要がある。つまり、生物時計のフリーランリズムは、24時間に近いが、環境から得られるツァイトゲーバー(同調信号)により24時間に同調している。また温度補償機構をもつ。

第二章 時刻を知る ハチをはじめ多くの動物が概日リズムや概年リズムをもつ。

第三章 振り子、時計、砂時計 この章では言葉の定義をしている。完全な規則性をもつ動きのサイクルは時計の概念をもつ。サイクルを発生させるのは振動子であり、生体内の振動子は生化学反応であり、生物時計の針は生理学的リズムである。砂時計やストップウォッチのように相対的な時間を計る機能は別にある。

第四章 日変化というハードル 生物時計は基本的な制御システムであり、ホメオスタシスは微調整機構である。これをうまく組み合わせて、生物は予測可能な変化に適応している。

第五章 時計を探して タウ変異体の発見を通して、メインクロックが視交叉上核(SCN)にあることを突き止めるまでの簡単な研究史。また末梢にも複数の時計が存在する。 

第六章 時計に当たる光 光がSCNに対するツァイトゲーバーである。目から視覚野に投射している神経経路と概日システムに投射している経路は、解剖学的にも異なる。哺乳類では、網膜が唯一の光受容器であるが、他の脊椎動物は眼球外光受容器(松果体など)を持つ。魚類の網膜に見つかったVA-オプシンに似たタンパク質は、哺乳類でもメラノプシン神経節細胞で発現していて、概日システムに関連があるらしい。

第七章 分子時計—タンパク質が「カチッ」、RNAが「コチッ」 ショウジョウバエのミュータジェネシスで得られた概日リズム行動に異常を示す時計遺伝子の変異体から始まった研究が、哺乳類の分子時計モデルを構築するに至るまでの話。多種のタンパク質が関与する転写制御を含むネガティブフィードバックループによって概日リズムが生み出されている。

第八章 少しの動物種とたくさんの時計 24時間周期、同調、温度補償という概日システムの性質は多くの生物で似通っているが、プロセスは多様である。生態学的な多様性や生存戦略が反映されているためだろう。

第九章 季節の変動 生殖、渡り、冬眠という概年リズムは概日リズムを積み重ねて構成されるものでなく、光周期(昼夜の長さ)から直接読み取られるものである。

第十章 時計の進化 バクテリアから哺乳類にまでみられる生物時計は収斂進化なのか。概日システムのメカニズムは似通っているが、時計部品(遺伝子)そのものは似ていない。でも昆虫と脊椎動物には共通するものもある。真社会性をもつハダカデバネズミの生態は面白い。

第十一章 睡眠と能率 人の睡眠もまた概日リズムであるが、ホメオスタシスも関連し、複雑な調節を受ける。睡眠障害について。

第十二章 季節性感情障害と交代勤務 人の概日リズムのフリーラン周期は、25時間ではなく、24時間11分くらいらしい。高緯度地方の冬では、自然と人工の光周期に差があるため、抑うつ的傾向が現れる人がいる。

第十三章 薬の投与と体内時計 マラリアの周期的な熱発作は、原虫の赤血球からの一斉放出が原因だが、このタイミング信号は宿主側にあり、メラトニンが反応のカスケードのトリガーであり、最終的には原虫からのカルシウムイオン放出が一斉放出の同期信号になることを初めて知った。

クロノセラピー(時間治療)について(抗がん剤の効力)。毒性試験について(夜行性動物であるげっ歯類にとって休息時間である昼間に取ったデータを昼行性動物であるヒトに適用する問題点)。
アルツハイマーにおける時間サイクルの乱れ。
ファルマシアの降圧剤のクロノセラピーの大規模実験とその中止の話。など興味深いことがたくさんあり。

第十四章 未来の時間—ユークロニア(同調世界)か、ディスクロニア(脱調世界)か 軍事行動中の兵士や交代勤務を余儀なくされる人々が受ける、概日パターンから外れた生活の生物学的障害を人工的に取り除く事ができるのか、それが可能になった社会は、ユートピアディストピアか。よみごたえのある章です。