壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

系統樹思考の世界 すべてはツリーとともに

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系統樹思考の世界 すべてはツリーとともに
三中信宏 講談社現代新書 2006年 780円

系統樹という考え方は、なにも生物の世界に限った事ではない。言語も、古写本も、暖簾を分ける蕎麦屋も、時間と共に変化していくすべてのものが、系統樹の対象になるのだ。でも歴史の中で失われてしまった系譜をどのように推定するのか。その方法論が語られています。

地球上の何百万何千万という種類の多様な生物を体系的に分類するときに、系譜による系統的な分類:多様性がどのように生じてきたかという時間軸を含んだ分類が使われています。生物が進化して多様化してきた道筋を図示したのが系統樹です。

何十億年という歴史の中で、生物がどのような道筋で進化してきたかについてはもちろん検証する事は出来ません。物理学や化学のような実証可能な典型科学と異なり、自然科学の基準を満たせない歴史学や生物進化学では、演繹(deduction)、帰納(induction)に対する第三の方法、推論(abduction)を使って、より良い仮説を選択していく方法がとられています。

仮説の真偽は判定できなくとも、より確かな、現時点で望める最良の仮説を得る方法があるということです。方法の一つが最節約性によるもの。最も単純なものが一番確からしいということで、とても分かりやすくて面白い説明がありました。

カンタベリー物語の写本系譜の作成に系統樹推定と同じ方法が使われている話をドーキンス「祖先の物語」で読んで、「へ~」と思いましたが、系統樹思考は、比較文献学(書誌学)ばかりか歴史言語学などにおいて、独立に生じてきた考え方なのだそうです。「へ~」。

でもこの本の本当に面白いところは、作者の博覧強記ぶりでしょう。生物関係の分野はもちろんのこと、例えば欧文活字のフォントの系譜のルーツは紀元二世紀のトラヤヌス帝の碑文にあるとか、「アイの物語」山本弘氏というか「と学会」会長の、「棒の手紙」の分析事例とか、実に盛りだくさんでした。新書なので、図版が小さくてモノクロなのが残念です。