壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

破滅の王  上田早夕里

破滅の王  上田早夕里

双葉文庫  電子書籍

第二次大戦中の上海、満州を舞台にした歴史小説で、生物兵器の開発にかかわる科学者と、それを阻止しようとする者たちの物語だ。

1936年、満州事変から五年後、上海にある上海自然科学研究所に赴任した宮本敏明は、国際的な視野で細菌学の研究をすることを夢見ていた。しかし、中国大陸における戦況は逼迫して、研究所は自由な研究の場ではなくなっていった。1941年、マレー半島侵攻と真珠湾攻撃が行われ、日本軍により上海の租界全体が占領されて、研究員たちも政治的な思惑に巻き込まれていった。領事館からの依頼で秘密の文書の解読を任された宮本は、細菌兵器として開発された強毒性の細菌R2v:通称キングの存在を知る。宮本たちは、なんとかしてこの細菌兵器を廃棄し、同時に万一使われた時のために、治療薬を作ろうとする相矛盾した活動を、秘密裡に始めるのだ。

国策に反して身の危険を冒しながらも、人間として科学者としての正義と良心を貫こうと苦悩し、戦いの中に飛び込んでいくという冒険小説的な要素もある。しかし、背景となる詳細な史実の記述は、戦争犯罪の加害国であった日本の姿をきちんと描いている。731部隊を率いる石井四郎など、実在の人物も出てくる。森村誠一のノンフィクション『悪魔の飽食』で扱われていた、生体実験などの残虐な行為を行った日本の過去に向き合うのはつらいことだが、その過去を踏まえてこそ、外交的に戦争を回避することの重要性を再認識出来る。

 

○最後、敗戦間際のベルリンでのエスピオナージには唐突感が否めない。1945年のベルリンを題材にした本でこれまで読んだ中で印象的だったのは、クラウス・コルドンの『ベルリン1945』と『ベルリン終戦日記 ある女性の記録』。これから読みたいのは、ケストナーの『終戦日記一九四五』。

○共同租界のあった戦前の上海は魔都と呼ばれたそうだ。カズオイシグロの『私たちが孤児だったころ』は戦前戦後の上海が舞台だった。再読したい。

○補記では登場人物のその後が記されていて、ノンフィクションかと間違いそうになる。その最後に書かれた「現在のR2vの感染状況」を読んで、フィクションに連れ戻された。

○巻末の参考文献の量がすごい。生物学的な知見にも破綻する所がない。