壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

ベルリン終戦日記 ある女性の記録

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ベルリン終戦日記 ある女性の記録
白水社 2008年2600円

1945年4月20日から6月22日までの約二ヶ月間、34歳の女性ジャーナリストによって三冊のノートぎっしりに綴られた非凡な記録は、1954年に英訳が発表され、ドイツ語版は五年後にスイスで出版されましたが、ドイツ国内ではひどく不評であり、著者の死後2001年になるまで出版されることがなかったそうです。

1945年4月16日の早朝にソ連軍の攻撃が始まるとナチス高官はベルリンを放棄し、25日にはソ連軍がベルリンを包囲しました。5月9日の無条件降伏とそれからの数週間、地獄のようなベルリンで何が起こったのかは、ノンフィクションばかりでなく小説や映画にもとりあげられています。

YA向きの物語クラウス・コルドン「ベルリン1945」では12歳の少女の目線でベルリンが描かれていました。本書で匿名の著者によって描かれるのは、子どもの視点ではとても書けないあまりにも悲惨な事実でした。こんなにもひどい体験の中で、ほぼリアルタイムで日誌を書き続けることは、国外生活の経験のあるジャーナリストだからこそ可能だったのでしょうか。

ひどく重い題材に読み始めるのを躊躇しましたが、日記の文章は冷静で率直でありながら当時の様子を生々しく伝え、観察力の鋭さと公平さにすぐに引き込まれました。ブラックなユーモアさえ感じられるのです。性暴力の悲惨な被害者という視点を超えて、ナチズムに対する批判、さらには男性支配の社会構造に対する疑問まで提示されています。

著者を含め周囲には性暴力にあった多数の女性たち、ぎりぎりのところでロシア兵への性的協力を選ばざるを得なかった何人もの女性たちにはある種の連帯感があって、お互いにかなり率直に体験を話し合っていますが、見て見ぬふりで女性を人身御供のようにロシア兵に差し出してしまったドイツ男性たちの情けない様子もまた描かれています。

戦後すぐのドイツ国内での不評はこの辺にも原因があったようです。恥知らずな不道徳性を言い立てられたり、あまりに巧みに書かれすぎていることでフィクションではないかという疑いをかけられたり、ひどい扱いを受けたため、本書は著者が存命中にドイツ国内での出版を望まなかったそうです。この辺の事情は、序文と後記に詳しい解説があります。映画化も計画されているとか。

戦争における加害責任が主に議論される時代には、ナチズムへの擁護にも取られかねない被害者としてのドイツの実態が現在少しずつ議論されるようになっています。ギュンター・グラス「蟹の横歩き」で扱われた難民船沈没事件もそうですし、もうすぐ出版されるらしいW・G・ゼーバルトの「空襲と文学」でもこのテーマが扱われています。グラスの「ブリキの太鼓」も池内紀新訳で読みたいし、読みたい本がまた増えました。