壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

雪の練習生  多和田葉子

雪の練習生  多和田葉子

新潮社 電子書籍

三世代のホッキョクグマが語る物語は,読み始めには設定の奇妙さに戸惑った。だが,よく考えてみれば昔ばなしも童話も神話も,動物と人間が対等に交流する設定はいくらでもある。異種婚姻譚とは言えないが,異種が交流することはそんなに不思議でもなかった。

第一部「祖母の退化論」では,ベルリンの壁が存在した時代に,モスクワのサーカスで訓練を受けた「わたし」は自伝を書き有名になって,西ベルリンからカナダに亡命してトスカという娘を持ち,未来を予測するような自伝を書く。第二部「死の接吻」では,東ドイツの国営サーカスで猛獣使いのウルズラと心を通わすトスカはクヌートを生む。第三部「北極を想う日」はドイツ統一後のベルリンの動物園で生まれ人工保育で育ったクヌートの物語。

ヨーロッパの歴史や世情・社会問題を背景に,けなげで可愛いクマたちの様子には心惹かれる。特にクヌートが成長する過程をクヌート自身が語る章は,なんでこんなに子ぐまの気持ちがわかるのか!というくらいのリアリティーがある。しかし,これは人間側の解釈にしか過ぎない。捕らえられてサーカスで調教され,動物園で飼育され利用されているクマは,人間と対等に交流するなんてことはありえない。読み終えてホッキョクグマたちの哀しみを強く感じた。でもこの哀しみはクマたちのものだけではない。環境を破壊しながら生きなければならない人間もまた哀しい。

 

ホッキョクグマの壮絶なワンオペ子育てや,大阪の動物園での人工保育のドキュメンタリー番組には感動したが,動物園で成獣のクマが無意味にいったりきたりする様子には胸が痛む。動物園におけるホッキョクグマに関する話は『動物園にできること』(川端裕人著)で見かけた。読了に至ってないことを思い出したので,そのうち読もう。