壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

ジャングル アプトン・シンクレア

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ジャングル アプトン・シンクレア
大井浩二訳 松柏社アメリカ古典大衆小説コレクション5 2009年 3500円

 

映画化に伴って再版されたシンクレアの『石油!』を読んだ後、食肉業界の実態を赤裸々に描いて世論を動かし、ルーズヴェルト大統領による食品薬品管理法、食肉検査法の制定を促進したといわれる百年前のベストセラー小説『ジャングル』(1905年)に興味を持ちました。1951年の再版本は図書館で貸し出し禁止のため読むのを諦めたのですが、最近新訳が出ていてさっそく予約。

 

スラブ系移民の目で見た20世紀初頭のシカゴ。利潤を最優先する企業トラストの巨悪、読むのをためらうくらいにあまりにも不潔で不衛生な食品加工の実態、無慈悲に徹底的に搾取される移民労働者について、扇情的ともいえる筆致での告発と暴露が続きます。主人公が働く肥料工場の異臭と粉塵のすさまじさに、息苦しくなる程でした。

 

シンクレアが告発したかったのは、自由を夢見てアメリカに渡ったユルギスたちのような移民労働者の悲惨な就労条件と、食肉トラストの不正と偽装の両方であったけれど、話題になったのはもっぱら食品加工会社の衛生状態のみで、読者の関心は労働問題に向かわなかった事を、シンクレアは「大衆の心臓を狙っていたのに、その胃袋を打ち抜く結果になってしまった」(巻末解説)とその不満を表現したそうです。

 

シンクレアが描いた時代から百年経って、人間は少し利口になったと思いたいけれど、未だに私たちは食品偽装に派遣切りやワーキングプアという問題を抱えたままです。

 

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以下に、前半のあらすじのみメモしておきます。

 

リトアニア系移民のユルギス・ルドクスは、自分と婚約者オーナの親族合わせて12人(半分は子供)とともにアメリカに渡ってきた。知人が金持ちになったという噂だけを頼りにシカゴを目指すが、英語がまったくわからないまま仲介業者に騙され、持ち金の大半を奪われてたどり着いたシカゴは煙と異臭の町だった。

 

ユルギスが働くことになった食品加工工場は巨大な屠畜場であり、移民のような非熟練労働者は極めて劣悪な条件で長時間働かされた。しかし、体力に自身があり楽天的なユルギスは自分を幸運だと思っていた。一族の者もそれぞれに職を得、窮屈な下宿屋の一室を出て新築戸建のマイホームをローンで購入したのだった。しかし、ユルギス一家が購入した家は新築などではなく、また利子の支払い分を知らされていなかったために、17歳のオーナと14歳の弟も働きに出ることになった。

 

夏が過ぎて、ユルギスとオーナが結婚し冬に向かうあたりから、ユルギス一家は終わりのない不幸にじりじりと向かっていった。ユルギスの父アンタナス老人が暖房のない地下室での労働中に倒れ、従姉のマリアが働く缶詰工場が閉鎖になった。オーナがアンタナス坊やを出産し喜びに満ちたのもつかのま、ユルギスが大怪我をして職を失った。さらにオーナを陵辱した工場の監督を殴って刑務所に入れられたユルギスが家に戻ると、家には見知らぬ家族が住んでいた。オーナは第二子を死産した後、命を落とした。ユルギスはやっとのことで別の工場に職を得たが、さらに追い討ちをかけるように一歳半になるアンタナス坊やが、冠水した道路で溺れ死んだ。

 

後半では、ユルギスは発作的に貨車でシカゴを出て、夏の農場で季節労働者として働き、冬にシカゴにもどってホームレスとなり、さらにシカゴの裏社会にかかわり、スト破り、選挙買収に手を染めていきます。最後に社会主義活動と出会ったユルギスは、そこに希望を見出すというところで小説は終わります。最後の数章は、ユルギスの話ではなく、社会主義プロパガンダのようになっています。