「水俣病の科学」では、水俣病発生から半世紀以上たって初めて、アセトアルデヒド製造過程で副次的に生じたメチル水銀が水俣病の原因であることを科学的に証明した事が書かれていました。そこにも書かれていましたが、メチル水銀中毒が公式に発表されたのは1940年イギリスということになっていました。さらに当時、アセトアルデヒド製造過程でメチル水銀が生じることは科学的に証明されていなかったそうです。これが危険性を予見できなかったという企業側の言い訳になっていました。
ところが本書で明らかにされているのは、19世紀半ばにすでにメチル水銀中毒に関する報告があること、そして1921年にはアセトアルデヒド製造過程で有機水銀ができるということが発見され、JACS(アメリカ化学会誌)に発表されていたということでした。JACSは有名な雑誌であり、関係者が見逃すはずがないのではないかという主張です。