壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

イラク水滸伝  高野秀行

イラク水滸伝  高野秀行

文藝春秋 図書館本とAudible

Audible で見つけて聴き始めたが、情報量が多すぎて耳からでは理解不能。すごく面白そうなので図書館で借りて、読んだり、たまに聴いたりのハイブリッド読書だった。写真やイラストがたくさん掲載されているので、やはり紙の本が読みやすい。

謎のアジア納豆』で知った高野さんの辺境旅は、今回はイラクの湿地帯だ。イラクは砂漠のイメージで、ティグリス・ユーフラティスの合流地点にある広大な湿地帯と聞いても、メソポタミア文明だ!シュメールと楔形文字?というくらいの知識しかなかった。

気候やその他の条件によって乾湿を繰り返す湿地帯には、定まった道路も水路もないから地図が作れない。場所によっては森林よりも密に生育している巨大な葦の叢に簡単に隠れることができる。古来、中央の権力に対するレジスタンス運動家や、迫害されたマイノリティーが棲みつくのが湿地帯だという。宋代の『水滸伝』の梁山泊になぞらえて、高野さんと山田さんはイラク辺境の湿地の奥地に分け入って行く。

旅の目標は、“現地の船大工に伝統的な「三日月型の」舟を作ってもらい、湿地帯を旅する”ことだが、そこにはなかなかたどり着けない。湿地に水がない、どこが湿地なのか、船大工はどこにいるのか、コロナパンデミックなど、いろいろな困難にぶつかり、数年をかけて目標にたどり着けたのか・・・。→表紙写真

現地の歴史、風習、文化などの詳しい情報が、高野さんのユーモア溢れる文章で紹介されている。現地語を習得し、通訳を交えない交流ができるようになる高野さんたちが、イラク人のホスピタリティーに触れる場面など面白いエピソードも満載で読み飽きる事がなかった。

イラク人のおもてなしの心は日本人以上?だ。知り合ったとたんに、食事に招待されて食べきれないほどの量を食卓に並べられ、タクシーの運転手と打ち解けると、タクシー代は要らない、ぜひ家に寄って食事をしてくれと誘われる。敬虔なムスリムの家に招かれ、目を瞠るような御馳走がどこからともなく運ばれてくることを、高野さんは「鶴の恩返し」みたいだという。作る人を見てはいけないという意味で・・。フセイン政権後に、イラクの女性の自由度はかなり下がったらしい。女性たちはどんな暮らしをしていたんだろうかと思う。(もし今の日本で、ダンナが初めての友人を突然食事に招いて家に連れてきたら、そうとうな顰蹙ものだよね。)

湿地の水量は毎年変化する。気候の影響以上に、国際河川である川の上流のダムの問題がある。国際河川の水利は難しい問題だ。またフセイン政権時代には湿地帯に逃げ込んだ反対派を一掃するために、水路を作って湿地を干上がらせたことがあるらしい。川の中途で灌漑に使われ、隣国イランから流れ込む水の量が減少して、湿地帯面積は減少傾向にあるという。いつかのアラル海みたいに干上がって、アラルスタン(『あとは野となれ大和撫子』)みたいになるかも・・・。