壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

ザボンの花 庄野潤三

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ザボンの花 庄野潤三
みすず書房 <大人の本棚> 2006年 2600円

1956年に書かれた庄野潤三の小説です。芥川賞受賞後すぐ新聞に連載されていたものだそうです。最近復刊されていていつか読もうとは思っていました。一時的に気力が落ちたせいか、若い人の書いた小説にはついていけないなと感じて、この作品を思い出したのです。

東京郊外の麦畑に囲まれた一軒家に住む、若い夫婦と三人の子供と犬が一匹。おだやかにゆったりと過ぎる日々の暮らしが、柔らかで平易な文章で綴られています。押し売りがやってきたり、小学生の子供たちだけで大阪まで旅行したりする以外に取り立てて事件もありません。でも、子供たちの遊びや季節の移ろいの、なんと幸福なことか!

庄野潤三さんは1921年生まれ。ちょうど私の親の世代です。つまりここに出てくる子供たちは、50年前の私なんです。各家庭にはテレビもなく電話も普及していなくて皆が一様に貧しかった時代、子供たちはこんな遊びをしていました。えびがに取りに、ゴムだん、ごっこ遊び。ゴムだんのゴムが二円だったことに驚きましたが、そんなものは買わずに輪ゴムを長くつなげて作りましたョ。

1950年代の中ごろは日本の高度経済成長の直前で、貧しくても戦後の苦しい生活からは抜け出せそうな時代には、ここで描かれる家庭は人々にとって手の届きそうな幸福だったのでしょう。日々の暮らしを綴った日記のような私小説ですので、若い時にはたぶん読めなかったと思います。続編は「夕べの雲」。そのあと五十年も同じようなテイストを保ち続けた著者の作品を、たまには読んでみたいと思うようになりました。

こんな風に心穏やかに暮らしたいな~。でも、ジタバタ暮らすんだろうなあ~。