壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

黄泥街 残雪

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黄泥街 残雪
近藤直子訳 河出書房新社 1992年 2600円

残雪(ツァン・シュエ)の1983年の処女作(邦訳としては三冊目)です。出たばかりの世界文学全集の「暗夜」を借りようとしたら、すでに結構予約が入っていました。図書館の蔵書を調べたら、邦訳は揃っているようです。待ちきれないので、まずは「黄泥街」から。

世界文学全集 1-06 池澤 夏樹/個人編集 河出書房新社 暗夜 2008
魂の城カフカ解読 残雪/著 平凡社 2005
蒼老的浮云 残雪/著 時代文芸出版社 2001
突囲表演 残雪/著 文芸春秋 1997
廊下に植えた林檎の木 残雪/著 河出書房新社 1995
黄泥街 残雪/著 河出書房新社 1992
カッコウが鳴くあの一瞬 残雪/著 河出書房新社 1991
蒼老たる浮雲 残雪/著 河出書房新社 1989

あの町のはずれには黄泥街という通りがあった。まざまざと覚えている。けれども彼らはみな、そんな通りはないという。わたしは探しにいった、黄色いほこりのなかをぬけ、ほこりにかすむ人影のあいだをぬけて、黄泥街を探しにいった。逢う人ごとにわたしはたずねた。「ここは黄泥街?」

こんなもの哀しい始まりからは想像もつかないくらい、スラムのごとき黄泥街は騒々しく、薄汚く、猥雑です。空から真っ黒な灰が降り、雨までもが黒い。太陽が照れば暑さで蒸し焼かれ、雨が降れば通りばかりか家の中まで臭い水が押し寄せる。ありとあらゆる毒虫と小動物が跋扈し、通りは糞尿にまみれています。

住民たちはひがな、何かについて噂話をしているのですが、内容は奇奇怪怪。しかし熱心に議論をしている風に聞こえてきます。町には病気が蔓延し、人が死んでいるようです。町の外からあやしげな人物が入り込み、何かを調査したり、街の有力者が何かの改革を唐突に叫ぶ。委員会の報告書だの立ち退きだのの噂を聞くたびに、人々は右往左往します。

文革時代の混沌とした街であることは、言葉の断片から想像がつきます。スパイや密告者がいて、なにやらわけの分からないことが起きている。そんな中で無知蒙昧な大衆は翻弄されつつも必死で生きようとする。そんな風にも思えるのですが、残雪の描き出す世界は、もっと奇妙で、なにか懐かしいような、思い出したくないような、ありきたりの解釈が当てはまらない世界みたいです。全編かなりのスカトロで、気味の悪い動物、悪臭、糞尿に満ちた街の描写は奇異です。でも、ひきつける何かがあるのです。

街でしゃがみこんで用を足しながら議論する人々は、我々には違和感がありますが、あちらはニーハオトイレの国でしたね。