壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

寡黙なる巨人 多田富雄

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寡黙なる巨人 多田富雄
集英社 2007年 1500円

「ビルマの鳥の木」を読んだ後に、多田さんの最近のエッセーを探したのですが、あいにく借りられなくてそのままになっていました。本書が小林秀雄賞を受賞したのをきっかけに読み始めました。

2001年に脳梗塞で右の片麻痺となり声を失い、苦痛と絶望のあまりいったんは生きることをあきらめようとした著者が、苦しみを受け入れた後にであったのは、「回復」や「再生」ではなくて「新生」でした。麻痺した右足の親指がピクリと動いた時、自分の中で得体の知れない何かが目覚めつつあるのを感じ、新しく生まれるものに期待と希望を持ったといいます。

新しいものよ、早く目覚めよ。今は弱々しく鈍重だが、彼は無限の可能性を秘めて私の中に胎動しているように感じた。私には、彼が縛られたままで沈黙している巨人のように思われた。

現在、多田さんは重度の障害が残ったけれど懸命なリハビリを続け、初めて使うワープロを左手で入力して、旺盛な文筆活動をしておられます。構造改革路線の一角として厚生省が打ち出した診療報酬改定が、介護保険を受け皿にして事実上180日以上のリハビリを不可能にしたことに反対し投書や書名活動に参加しています。国の医療行政を厳しく批判したエッセーが本書にあります。それだけにとどまらず、能や文芸、身の回りのことなど、ユーモアと皮肉を交えた前向きな文章で気持ちが明るくなりました。