何十年も前の学生時代、走査電子顕微鏡がまだ珍しかったころに、過酷な条件で生存できるクマムシが話題になったことがありました。走査電顕の撮影後(真空で高圧の電子線にさらされた状態)に歩き出したというので、ずいぶんびっくりしたことを覚えています。図書館で見つけたこの本を手に取ったのは、そんなことを思いだしたからです。
しかし、2006年にクマムシの研究者である鈴木さんが著した「クマムシ?!」という本がヒットし、ネットでもずいぶんと話題になっていることは、この本を読むまで知りませんでした。そして先週のニュースで、宇宙空間で高真空の元、宇宙線に被曝した後に地球に生還したクマムシが話題になっていました。
この本はそんなエキサイティングな話題でもなく、クマムシを実際に飼うHOW TO本でもないのです。「博物学から始めるクマムシ研究」という副題で、鈴木さんがいかにクマムシ研究を始めるにいたったか、今どんな研究をしているのかを中心にして、じっくりと、まったりと、おしゃべりしているインタヴュー本です。インタヴュアーであるサイエンスライターの森山さんの前書きに「クマムシの詳しいことについては岩波科学ライブラリーの「クマムシ?!」にあるので、この本を買う人は「クマムシ?!」もいっしょにレジに持っていってください」とあるので、そちらのほうも図書館のカウンターに持っていきました。
鈴木さんの研究室で動いているクマムシを顕微鏡でのぞきながらのインタヴューが面白いんです。
森山 この「のけ反りポーズ」は何ですか。さっきから見てると、時々やるみたいですが。 鈴木 何かね、天を仰いでいるんですね。 森山 時々やるんですか。 鈴木 時々こんなことをやっていますね。シヤーレは、本来のハビタット(生息地)じゃないでしょう。つまりこういう飼育環境って異常なところなので、本来は、こうやって天を仰げばたぶん次の葉っぱか何かに、つかまれるんじゃないですかね。だからそれは自然な行動だと思います。 森山 なるほど。うん、何かやっていますね。 鈴木 こいつは結構食べている。ほら、これがウンコです。 森山 ウンコもでかいなあ(笑)。 鈴木 ほとんど、これも丸ごと出てきますから。 森山 腸の中身がみんなずるっと出てくるわけですか? 鈴木 そんな感じですね。だいたい大きさとしてはこのぐらい、どーんと出てきます。そうすると、体が一気に透明になってぺちゃんこになります。なんていう話ばかりではありません^^。
クマムシは知名度の高い動物だけれども、生物学的に分かっていることは少ないし、人気のわりには研究費はなかなかもらえないそうです。クマムシの休眠状態に関しては分子生物学的な興味がもたれていますが、形態、分類や生態といった博物学的な仕事をしている研究者はごく少ないそうです。百年先を見通すことのできない、応用面だけを重視する国の政策としての研究費配分のあぶなさが語られています。
顕微鏡で微細構造を観察するようなアナログな仕事はどんどん衰退するようですね。分子生物学で扱うDNAの配列などはどんなに微細であってもデジタル情報ですから、コンピュータ処理がしやすいし、情報を共有することが容易だと思います。でも形態のようなパターン認識はコンピュータが不得意とするところで、人力でなければできないことがたくさんありますね。