壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

戦争の悲しみ バオ・ニン

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戦争の悲しみ バオ・ニン
近藤直子訳 河出書房新社 世界文学全集I-06 2008年 2800円

残雪のついでに読みましたが、「ついで」なんて言ったら申し訳ない、とてもいい作品でした。1952年生まれのバオ・ニンは元ヴェトナム人民軍兵士。本書は1990年に書かれ、英訳本からの重訳で日本でも出版されていましたが、今回ヴェトナム語版を底本としての全面改訳だそうです。(ただし、たくさんの訳注が煩雑。)

17歳で人民軍に志願したキエンは戦争を生き延び、戦後には遺体収容の仕事をした。十数年を経て幼馴染で恋人だったフォンと再会したが、二度と幸せな関係を持つことはできなかった。キエンは自らの戦争体験を小説にしようと苦しみあがき続ける。凄惨な戦闘場面、累々と死体の重なる森に満ちた亡霊たち、救いようのない悲しみに、書き散らかされた原稿を残してキエンは生まれた街を立ち去った。

政治的な視点や告発は一切ありません。戦争という宿命のようなものを背負ってしまった者たちの悲しみと苦しみが、ただひたすら描かれています。キエンとフォンの悲恋と心身ともに傷ついた人々の物語が時間軸を浮遊するように往来し、一つのエピソードが分断されてあちこちに断片的に現れ、混乱した感情が巧みに表現されています。

でもそういった技巧的なことよりも、もっとストレートでウエットな語り口に心を動かされてしまい、読むのにずいぶん時間がかかり、疲れました。図書館の返却期限をとうに過ぎ、最後をあわてて読んだのが残念です。