壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

氷 アンナ・カヴァン

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氷 アンナ・カヴァン
山田和子訳 バジリコ 2008年 1800円

「本棚の中の骸骨」で紹介されていた本書は、かつてのサンリオ文庫が、改訳復刊されたものです。40年前にかかれ、25年ぶりに復刊というかなりの年代物ですが、年月による熟成は進行していなくて、瞬間冷凍されていたかのような新鮮さを感じました。

「少女」に会いに急ぐ「私」は、異常な寒波に襲われた夜の道を走ることになった。夫のもとから姿を消した「少女」の後を追って北の全体主義国家に潜入した「私」は、彼女が絶対的権力を持つ長官のもとにいることを知る。未知の核兵器により極地の変容が起こり、アルベドが増加して地球全体が氷に閉ざされようとしていた。身近な生活に対する不安ばかりか、国家間の緊張が高まったことによる武力抗争の中、「私」は「少女」を追い、守るために戦い続ける。

スパイ小説のテイストでなかなか面白いのですが、あらゆる状況に不安と焦燥がともないます。スパイらしい格闘シーンやカーチェイスはあっても、それが現実とは思えず、すべて男の頭の中に描いた妄想かとも思えます。幻想の中に、さらに幻覚と幻視が繰り返し現れてきます。スノーボールアースのような精緻に描かれた世界の終焉、迫り来る氷の壁の恐怖、破滅に向かう「私」の妙な幸福感など、不穏な感じがかえって印象深い。

銀色の髪の「少女」はまるでアニメかゲームの主人公のような肢体です。「私」の「少女」に対する思慕は執拗で歪んでいて、拒絶されても憑かれたようにあきらめられません。「少女」とは言っても、それほど年若いわけではないのですが、幼いときから痛めつけられて育ったために、男たちの残虐性を引き出し、常に支配されてしまう。彼女の夫も、「私」も、敵対する「長官」も、すべて同じように彼女を扱います。ヘロイン中毒であったアンナ・カヴァンのゆがんだ内面世界なのかもしれません。背景だけ取り上げれば、CGでも見ているような美しい幻想世界です。

1960年代の世界の終末は、「核の冬」のような寒冷化によるものだと考えられていたようです。いつの間にか地球は温暖化してきました。これが世界の終焉につながらないといいけれど・・。それにしても暑いです。すっかり夏バテしてしまって、この本を読むのにずいぶん時間がかかりました。