壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

喪失の響き キラン・デサイ

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喪失の響き キラン・デサイ
谷崎由依訳 ハヤカワepiブックス 2008年 2000円

両親を亡くした少女サイは、たった一人の身寄りである祖父と暮らすことになりました。元判事である祖父は、ヒマラヤ山脈の麓カリンポン(西ベンガル州)で隠遁生活を送っています。古びて崩れかけた大きな屋敷には他に料理人とマットという犬だけ。

偏屈な祖父はサイをほとんど寄せ付けず、面倒を見てくれる料理人はアメリカに働きに行っている息子からの連絡をひたすら待ち続けています。サイは数学の家庭教師でネパール系インド人のギヤンと親密になっていきますが、ネパール系住民による抵抗運動が始まりギヤンとの関係も微妙です。

さらにカリンポンは騒然としてきました。インド、ネパール、ブータン、シッキム、中国、バングラディッシュに囲まれたこの地方は民族的にも複雑で、また古くからイギリス人の避暑地ダージリンに近いことから、外国人や様々な階級のインド人が住んでいます。1986年にゴルカ民族解放戦線(GNLF)とベンガル人州政府との対立が暴動に発展しました。道路は封鎖され地域は孤立しました。

そうした動きを背景にして、イギリスに留学した元判事ジェムバイのイギリスやインドに対する複雑な思い、アメリカに不法滞在する料理人の息子ビジュの希望と失望、六歳の時から修道学校に預けられインドをほとんど知らないサイ、サイを知って改めてネパール人としての立場を自覚したギヤン、イギリスに目を向けインド人であることすら忘れたようなローラなどなど、文化の狭間にあって屈折した喪失感をもつ人々が描かれています。

シリアスなテーマではあるのですが、時にユーモラスさらにはコミカルでシニカルで、スピード感のある表現は最後まで飽きさせません。面白かった!! 2006年ブッカー賞受賞作です。クレストブックスじゃないんだ^^。



p32 充分稼ぎいで⇒充分稼いで
p309 傷害⇒障害