壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

色のない島へ

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色のない島へ オリバー・サックス 脳神経外科医のミクロネシア探訪記
The Island of the Colorblind  
大庭紀雄監訳 春日井晶子訳 早川書房 1995年 2100円

サックスの「火星の人類学者」では、後天的に色覚を失った画家の、自己受容と内的世界の変容について書かれていますが、ここでは、人口700人のうち先天性全色盲者の患者が5%をしめる、ミクロネシア連邦のピンゲラップ島で、家族や地域に受容され、支えられている様子が描かれています。

冒頭で、サックスが常に島に魅せられていたことが語られ、科学的見地からすれば、島は「自然の実験場」であるといいます。ダーウィンガラパゴス諸島然りです。そういえばクロスビーの「ヨーロッパ帝国主義の謎」を読んだとき、カナリア諸島マデイラ諸島アゾレス諸島が後のネオヨーロッパ化の先行例として分析されていたことを思い出しました。

ハワイからの飛行機で次々に訪れるミクロネシアの島々を巡る部分は、とても興味深いものでした。ジョンストン島は米軍の化学兵器庫、マーシャル諸島のクワジェリン環礁は米軍のミサイル基地であり、
最大の島Kwajalein島には民間人が入れず、エベイEbeye島に住民が押し込められるように住んでいて、世界で有数の高い人口密度で、ビキニ環礁などはいまだ(1994年時点)放射能汚染地域だそうです。ミクロネシアでよく食べられているスパム(SPAM: アメリカのHormel Foodsが販売するランチョンミートの缶詰)や、島ごとに違う島民や言語など。

サックスの注7にあるように、エベイ島の悲惨さは、驚異的な人口稠密ではなく、文化的アイデンティティーやコミュニティーとしての島民の絆が失われ、消費主義や貨幣経済に取って代わられたことにあります。1769年(発見のわずか二年後)にタヒチを訪れたトマス・クックが「白人の登場が太平洋の文化の滅亡を宣言する」可能性を述べていますが、スペイン、ドイツによる植民地を経て、日本は第二次大戦まで、ミクロネシアを統治し、それをアメリカが受け継いだわけです。

サックスは、クヌート・ノルドビーという先天性全色盲のノルウエー人生理学者に同行してもらって、ピンゲラップ島を訪れています。最初にクヌートが島民たちとであったときの様子は感動的でした。700人の島民のうち全色盲(マスクン)が57人ですから、数万人に1人という全世界の割合の比べて高いのは、18世紀に台風による水没で島民が20数人にまで減少し、ボトルネック効果が働いたためです。12人に1人の全色盲ということは、3~4人にひとりは保因者であることになります。

色盲錐体細胞を全く欠くため、本来光量の少ないところで働く杆体細胞を使わざるを得ないから、明るい光のもとでは、すぐに杆体が退色して機能しなくなるし、羞明弱視眼振を伴うので、単に色がない白黒の世界というようなものではないそうです。

注19に出てくるジョンズ・ホプキンス大学のモーメニー博士らが、2000年のNature Geneticsにこの原因遺伝子を特定したという報告がありました (NatureGenetics 25(3):289 -293, July 2000)。第8染色体にあって、錐体細胞のシグナル伝達に関わるイオンチャンネルのサブユニットをコードしている遺伝子とのこと。http://www.nature.com/ng/journal/v25/n3/abs/ng0700_289.html  

ミクロネシア連邦の首都頃にあのあるポーンペイ島(ナン・マドール遺跡はテレビで見たことがあります。)にも、ピンゲラップ島から移住した集団が住んでいて、他の土地からは隔絶した集団を作っています。

後半は、また別の、グァム島の神経疾患の話です。今は日本人の観光客であふれているけれど、日本による悲惨な被支配の過去を持つグァム。グァムには、昔から、筋萎縮性側索硬化症ALSとパーキンソン痴呆症PDCに似た進行性の神経疾患があります。同じような症状を持つ病気が集積する場所は、西ニューギニア(クールーを見つけたゲイジュサックの研究)や紀伊半島で、遺伝要因なのか、環境要因なのかはっきりとしていません。ソテツの毒(神経毒)や飲料水中の金属イオン量など共通の原因を見つけることはできなかったのですが、近年発病が急激に減っていることから、環境要因の変動が考えられるようです。

進行性の神経変性症という病を持ちながら、心穏やかに過ごす人たちを見るサックスの眼差しは悲しげですが、どこまでも暖かいものです。