壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

エリザベスの友達  村田喜代子

エリザベスの友達  村田喜代子

新潮文庫  電子書籍

蕨野行』が衝撃的でしたので、同作家の高齢者小説をもう一冊、続けて読みました。『蕨野行』とはうって変わって、老人ホームに暮らす現代の認知症の老人たちを描いた、ごく普通の小説ですが、やはり感動的でした。家族や施設スタッフの、老人たちに対する温かいまなざし、認知症に対する柔軟な考え方がこの小説を幸せなものにしています。本書に登場する若い介護士の「認知症は自由ですよ」という言葉の通り、魂だけは自由に、自分の過去に、行きたい場所に行けるんだと思いました。

 

介護老人ホーム「ひかりの里」で暮らす老人たちは、家族や自分の名前を忘れ肉体は衰えても、魂は遠い過去に戻っていきます。97歳の初音さんは、はたちにもどって新婚生活を送った天津の日本租界での、自由で華やかな暮らしを送っています。他の認知症の老人たちも、それぞれに、第二次大戦の記憶を抱えています。

88歳の牛枝さんは長野で大家族と牛馬と共に暮らしていましたが、戦争で三人の兄を亡くし、可愛がっていた馬たちも徴用されました。乙女さんは居眠りしながら、三人の兄と三頭の馬に会っています。95歳の乙女さんは、内地で農家に嫁いで農作業の傍らたくさんの子供を産み育て、自らが軍神となってその子らを守っているようです。

老人たちが戻っていく過去は、記憶と妄想が入り混じった過去です。死ぬまで生きなければならないなら、過去の幸せな気持ちのままでいる方がいい。初音さんは、天津で知り合いの女性たちとニックネームで呼び合っていたそうです。老人ホームでのクリスマス会で古い歌を歌った初音さんに名前をたずねると、「あたくしは……エリザベス」と名乗りました。エリザベスとは誰?

 

亡くなった母を思い出して、ホロリとしました。私の母は亡くなる前の数年間には認知症状が出ていました。在宅での遠距離介護はとても大変でしたが、今思い出すのは、母が、昔の歌を思い出して歌えること、住所欄には信州の母の実家の住所「長野縣東筑摩郡…」を書くこと、突然ダジャレを言ったりすること、尋ねると「今幸せ」と答えることなどです。楽しい思い出が真先に頭に浮かびます。今週は母の七回忌があります。東京なので日帰りで行ってこようと思っています。

 

蛇足

エリザベスとは誰? というのは、清朝最後の皇帝であった愛新覚羅溥儀の正妃、婉容が名乗っていた英名です。浅田次郎の『蒼穹の昴』シリーズで、第五部『天子蒙塵』が未読だったことを思い出しました。満州国の傀儡皇帝となった溥儀夫妻が出てきます。読みたくなってきました。

村田喜代子さんの高齢者小説は他に『飛族』『姉の島』があります。これも読みたい。

読みたい本が増えて、取っ散らかってきました。私はどこへ行くのだろう。読書は自由。書籍代は不自由だけど。