壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

火星人ゴーホーム  フレドリック・ブラウン

火星人ゴーホーム フレドリック・ブラウン

稲葉 明雄訳  グーテンベルク21   電子書籍

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火星のプリンセスを読んだついでに,もう一つ火星物。70年前に書かれたドタバタブラックコメディ風のSFですから古めかしい所はあるのですが,現代的な解釈をするとコロナで苦しむ人間社会の有様を映し出しているようではないですか。

 

人間に嫌がらせをすることだけが大好きな火星人が突然地球上に10億人も現れた。小さな緑色の小人たちは姿は見えるし声もするけれど,捕まえることも触ることすらできない。瞬間移動で地球のどんなところにも突然現れ、透視で知った秘密をしゃべってしまうので,個人のプライバシーも国家の軍事機密も全く保つことができなくなる。彼らの目的は侵略ではなく、ひたすら人間を愚弄してもてあそぶことだった。

その結果,世界がどうなったかというと,テレビ局やラジオ局の放送に介入して娯楽産業に従事する者は失職し,夫婦の寝室に居座って出生率が低下し,産業活動は停滞し,株価は暴落したが,精神分析医と葬儀関係者と鎮静剤と耳栓を売る薬局は巨利を得た。

大混乱の人間社会を救うために,国連事務総長,在野の物理学者,アフリカの呪術師など,いろんな人がいろんな方法を工夫したが,どれが有効な方法だったのかは不明なまま,火星人は突然姿を消した。

 

火星人をコロナウイルスに置きかえてみても,人間社会の脆弱な部分は共通のようです。コロナもあるとき突然原因がはっきりとは分からないまま消えていくのかもしれません。火星人がなぜ現れたのか,火星人の存在は何だったのかについては,この物語の語り部である売れないSF作家ルーク・デヴァルウの虚構が実体化したものなのかと,哲学的な観念論に持ち込んでいます。しかし作者が書きたかったのは危機に瀕した人間のコメディーなのだと思います。