壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

グラーフ・ツェッペリン 夏の飛行  高野 史緒

グラーフ・ツェッペリン 夏の飛行  高野 史緒

Kindle Single

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紙の本に換算すると50頁ぐらいの短い電子書籍です。正味30分くらいで読める。

女子高生の夏紀が,子供の頃に母の故郷土浦で巨大な飛行船を見たというかすかな記憶をたどって,物理学者の卵になっている従兄の登志夫が量子コンピューターで作り出した拡張現実を体験した。それは祖母が若かったころの過去――実際にグラーフ・ツェッペリン号が世界一周の途中に立ち寄った昭和初期の土浦の風景――と双方向につながっていく。

古く懐かしいような昭和の町並みが夢のように立ち現われ,量子コンピューターが介在しなければ美しいファンタジーとしても読める。お祖母ちゃんとも二つ折り携帯で話ができた。最後に「違う世界とか他の宇宙と情報が行き来するような力場はなんと呼べばいいんだろう?」という夏紀の問いに,登志夫は「『気持ち』でいいんじゃないかな」と答えた。

えっ,量子コンピューター要らないかな。

夜来たる  アイザック・アシモフ

夜来たる  アイザック・アシモフ

グーテンベルク21 電子書籍

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アシモフの初期短編集で3編の短い作品が入っていました。長編を読む気力の無い時には100頁ばかりの300円弱の本だと読み始める気になります。でも,読み終わってちょっと短すぎて物足りないという我儘な自分にびっくり。

 

「夜来たる」 惑星ラガッシュは6つの太陽を持つため,2000年に一度しか夜が来ない。5つの太陽が対蹠点に直列し,普段は見えない衛星によって6番目の太陽の日蝕が起きるのだという。2000年毎の蝕の度に文明の終焉を招くという天文学者たちの話は信じるに足るのか。♪この惑星の住民は暗闇を知らないのでScotophobia(暗所恐怖症)らしいのね。電気はあるようだが,必要がないので電灯はなくてロウソクやランプも発明されていないらしい。となれば,物を燃やして暗闇を追い払うしかないけれど…。皆既日食になって暗闇の天空に輝く数万の星々の場面が圧倒的。

「ガニメデ星のクリスマス」 木星の衛星ガニメデで働く鉱山会社の社員たちは,原住民を働かせていた。ところが原住民たちにクリスマスの話をしてしまったため,プレゼントを欲しがる原住民がストライキを起こした。♪ドタバタ系ユーモアSFです。私たちだってクリスマスの何かを知らなくてもプレゼントは欲しいよね。クリスマスツリーのあの玉飾りって何のシンボルなんだろう。サンタクロースの卵じゃないらしいだけどね,原住民たちが毎年この卵が欲しいって! 衛星ガニメデの公転周期は7日だそうで…

「赤い女王のレース」 原子力発電所で事故があって,タイウッド博士が死んでいた。核燃料が爆発もせずに消滅した原因は何だったのか。♪現代の化学の教科書を古代ギリシャ語に翻訳して過去に時間遡行させると何が問題なのか。タイムパラドックスと赤い女王のレースの関連がイマイチわからなくて? この事件も未解決のまま「?」の棚に分類?

愛の探偵たち アガサ・クリスティー

愛の探偵たち アガサ・クリスティー

宇佐川晶子訳 ハヤカワ文庫 クリスティー文庫 電子書籍

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最近の長いミステリ小説を持て余して,古めかしいミステリ短編を読み始めました。マープル,ポアロ,クィンたちの8つの短編集です。未読の短編のはずでしたが,クリスティーの長編のプロットが思い出されたり,TVドラマで見たことがあるような気がするクリスティーの定番のミステリです。読みやすい短編だけれど,話をふくらませれば長編としても成立しそうで充分に楽しめました。ところで,ミス・マープルって何歳くらいの設定なのかがこの頃気になります。「名探偵は歳をとらない」法則を当てはめると,ずっと70歳前後なのかも。いつの間にか同年代になっていました。

「三匹の盲目のねずみ」 戯曲のノベライズということで,舞台での光景が浮かぶようです。

第二次大戦後に,若い夫婦が始めたゲストハウスは雪に閉ざされ,殺人犯が紛れ込んだという警察からの連絡があった。ナーサリーライム,雪の山荘,過去の事件,意外な犯人とありきたりのプロットですが,やはりクリスティーは面白い。この若い夫婦の関係がどうなるのか最後まで飽きさせません。

「奇妙な冗談」 叔父の遺言に振り回される若いカップルを助けるミス・マープル。おばあさんの繰り言に対する若い人のイライラが,クリスティーの醍醐味かも。

「昔ながらの殺人事件」 殺されたスペンロー夫人は金持ちで,夫が疑われたが,ミス・マープルの観察眼はいつも鋭い。

「申し分のないメイド」 首になったグラディスの替わりにやってきたメイドが完璧すぎて,ミス・マープルは気になる。予想外の展開でした! グラディスは前の殺人事件でもメイドをやっていたような。

「管理人事件」 ミス・マープルの主治医が処方箋代わりに書いた小説という提示の方法が面白い。謎を解くのがマープルへの特効薬でした。

「四階のフラット」 ポワロが住むアパートで起きた殺人事件。男女関係の機微を説くポアロなのでした。

「ジョニー・ウェイバリーの冒険」 子供の誘拐事件を解決したポワロはとても寛大でした。イングランドの古い屋敷には司祭隠しという仕掛けがあるのですね。

「愛の探偵たち」 サタースウェイトの前に突然現れたクイン氏が救ったカップルは…。これでハーリ・クィン氏の登場する短編14作品を読み終わりました。

テムズ川の娘  ダイアン・セッターフィールド

テムズ川の娘  ダイアン・セッターフィールド

高橋尚子訳 小学館文庫  電子書籍

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19世紀のイギリス,テムズ川で仮死状態で見つかった少女の身元をめぐる人々の物語。その少女は裕福な実業家の行方不明の娘なのか,複雑な出自の黒人農園主の孫なのか,牧師館の家政婦の妹なのか。それぞれの家族や人物の物語が,あちこち行き来しながら,ほんの少しずつ明らかになっていくが,次にはそれを塗り替えていく物語が語られ,複雑に絡み合う。物語がどこに向かっていくのか予断を許さないので,途中までは読むのが大変だった。しかし,謎解きに重要な仕掛け―幻灯機によるファンタスマゴリーあたりからは畳み込むように謎が明かされて,ミステリ的な要素もさることながら,登場人物たちの愛や葛藤を充分に堪能でき,長かったけれど,読後感が素晴らしかった。

 

テムズ川を見たことはないけれど,英国の小説やミステリドラマのファンであるわたしにはおなじみの存在です。『ボートの三人男』は元々テムズを紹介する紀行文でもあったとか。テムズ川周辺の美しい風景も楽しめました。しかし,長かった。お正月をまたいで一か月読み続けた長い長い物語でした。文庫本で700頁は重くて読むのも大変でしょうね。私はポイント半額につられて買った電子書籍だったので腕は痛くならなかったけれど,寝ながらKindleを読んで顔の上に落ちてくると痛いので,この頃はスマホホルダーに挟んでいます。

夜の声  スティーヴン・ミルハウザー

夜の声  スティーヴン・ミルハウザー

柴田元幸 訳  白水社   図書館本

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『ホーム・ラン』に続く短編集。8つの作品はどれもミルハウザーとしか言いようがない。図書館の返却期限が今日までなので急いで読んだことが残念。メモだけ取っておこう。

 

ラプンツェル ミルハウザーの語り直しはディズニーのそれより濃厚かつ過剰だ。ラプンツェルの長い三つ編みの髪はまるで別の生き物のようで,髪を切った後の彼女は明らかに人格が変わり強くなった。

♪それまでは髪に活力を奪われていたのか,それとも“母は強し”か。

「私たちの町の幽霊」 幽霊について多数の目撃証言と仮説が語られる。

♪読んでいるうちに町の住民の認知の歪みかもと思わせられ,さらに幽霊は我々なのだ,幽霊は居てもいなくても同じなのだ,と説得されてしまった。

「妻と泥棒」 階下に泥棒の気配を感じた妻は,夫の眠りを妨げることを回避したいがために,過剰な想像をして,さらにその想像に振り回されて行動に出るのだ…。

♪つい先日,夜中に階下で音がしてびっくりしたんだけれど,寝る前にロボット掃除機ONにしたんだっけ。

「マーメイド・フィーバー」 人魚の遺体が打ち上げられた町でのフィーバーぶり。

♪これはありそうな話で,人魚で町おこしとかしそう。マーメード水着なんて通販で買えるし。

「近日開店」 ものすごいスピードで開発される建設ラッシュの町の現実を越えた発展。

♪シム・シティ―並みの速さだ。

「場所」 町にある“場所”は,ありきたりで普通で,皆が行ったことはあるけれどなんと説明していいのかわからない。

♪なんなの?

アメリカン・トールテール」 アメリカの法螺話であるポール・バニアンの語り直し。

アメリカの法螺話はリップヴァンウインクルしか知らない。ポール・バニアンの元ネタを知らないので面白さがイマイチわからないけれど,日本の法螺話でいえば,三年寝太郎ダイダラボッチを突き交ぜたようなものか,いや違うか。

「夜の声」 旧約聖書のサムエル,サムエルの話を信じる少年,かつて少年だった老作家の三人三様の不眠の原因は自分を呼ぶかもしれない「夜の声」。

♪これも元ネタを知らないけれど,頭の中一杯の想像で不眠に苦しむ有様は面白い。

憂鬱な10か月  イアン・マキューアン

憂鬱な10か月  イアン・マキューアン

新潮クレストブックス  電子書籍

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妊婦さんにはお勧めできません(笑)。胎児が饒舌に語り尽くす,母親と愛人による父親殺し。

扉のエピグラフハムレットからの引用があるので,なるほどとは思う。母親の愛人が父親の弟,つまり語り手である胎児の叔父であり,この二人が父親の毒殺というよからぬ計画を立てているらしい。母親がいつも聴いているラジオやポッドキャストで世界の情勢に深い知識を持ち,哲学的な思索を繰り広げる胎児だが,実際の状況を変える手段は持っていない。唯一,母親の子宮に蹴りを入れるくらいだ。

殺人がうまくいくのか,罪が発覚しないのか,胎児が生まれることができるのか,マキューアンの語り口にじりじりさせられ,悩みを語る胎児の饒舌で大仰な語りも面白くて退屈しなかった。こういう辛辣な笑いは好きだなあ。

マキューアンの作品は二作目です。『土曜日』を読んだときは自分が大変な状況だったのでいい思いがなく,10年以上マキューアンを避けていました。でもこんなにぶっ飛んだ小説を書く作者ならもう少し読んでみたいけど,新潮クレストブックスは活字の色が薄くて,加齢とともに読めなくなりました。活字が黒々としているのは“お洒落”じゃないかもじれないけれど,読みやすいのが一番だからね,新潮さん。もっと電子版を出してください。

メイドの手帖 ステファニー・ランド

メイドの手帖 ステファニー・ランド

村井理子訳  双葉社 図書館本

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シングルマザーとして貧困の中で幼い娘を育てたステファニー・ランドの手記。高等教育を受けられないままシングルマザーになり,28歳で母娘はホームレスシェルターで暮らした。そこから抜け出すために最低賃金でメイド(掃除婦)として働くステファニーは親族からの援助もうけられず孤立無援の状態だ。政府からのわずかな公的支援を得て,黒カビでおおわれるアパートで暮らしているが,貧困という泥沼から抜け出すためにあがいても,あがけばあがくほど沈んでいくのではないかと思われて胸が痛んだ。

掃除会社に不当なまでに搾取され,頑張って働いて少しでも収入が限度を超えると支援が受けられなくなるという公的な制度の欠陥があるのだ。住んでいたアパートの劣悪な環境で母娘ともども健康を害し,仕事に行くために必要な車が事故で大破した時(母娘共軽いけがで済んだが)この先どうなるのかと思った。

清掃員としての厳密なルールを守りつつも,ステファニーが不在のクライアントたちの日常を鋭い観察眼で想像する「家政婦は見た」的な部分もなかなかに面白い。でも掃除先のクライアントの家の多くでは掃除婦は居ないもの,目に見えないものとして,無視される存在だ。フードスタンプを使うたびに人間としての誇りが傷つき苦しむ。貧困がいわゆる“自己責任”ととらえられ貧困に苦しむ本人が責められる社会はアメリカに限ったことではない。

ステファニーがその泥沼から抜け出そうとしたきっかけは何だったのだろうか。自動車事故で正当な補償金を受け取り,作家になりたいという夢をあきらめずに大学の奨学金を受け,労働と引き換えにカビの生えない住居に暮らし,自営で掃除を始めて自律的に働けるように努力を重ねた結果かもしれない。ステファニーには文才があり,きっかけとなる支援や運の良さがステファニーを救ったのも確かだ。人は誰しも,ほんの少しのきっかけで貧困に陥ることがあり,そこから抜け出るのは相当に大変なことだ。貧困の連鎖を断ち切るのに本人の力だけではどうしようもないことがあるだろう。

 

電子書籍のサンプル版で読み始め,どうしても続きが読みたくなって図書館で借りました。ネットフリックスでドラマ化されているらしいのね。ネトフリには見たいドラマがいくつかあるけれど一度サブスクすると抜けられなくなりそうで今はやめておきましょう。