壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

土曜日 イアン・マキューアン

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土曜日 イアン・マキューアン
小山太一 訳 新潮クレストブックス 2007年 2200円

ずいぶんと更新の間が空いてしまいました。家族の急な取込み事で本を読むことがほとんどできず、長い間同じ本を持ち歩き、三回の土曜日を経てやっと読み終わりました。それでも、読むのを中止しなかったのは、最初に惹起された不安感に惹きつけられてしまったからでしょう。しかし、脳神経外科医ヘンリー・ペロウンの土曜日の24時間の思考をひたすら追い続けるものであるのに、読むのに何週間もかかって面白さは半減したみたいです。

2003年2月早朝のロンドンで、ペロウンは遠くにエンジンから火を吹いて着陸体勢に入っている飛行機を見かけます。9.11を経験した世界は事故よりも、まずテロを疑ってしまうのです。しかし、あまりに朝早いためにニュースでもはっきりとはしません。かすかな不安がよぎりますが、ペロウンの日常は傍目にも満ち足りていて、彼は非番の日の優雅な予定を淡々とこなしていきます。

その間にも、前日に行なった多数の手術の場面を思い出し、イラク侵攻に対するデモに遭遇して久しぶりに帰宅した娘と議論し、友人とスカッシュでちょっとした諍いをし、路上で車の接触事故に出会います。認知症の母親を見舞い、義父を迎えるためのディナーを用意し、最後には、家族共々かなり怖い思いをすることになるのです。

読み終わってみれば、ペロウンの脳内メーカーの図を作れそうなくらい。さらにペロウンの外科医としての冷静さとマキューアンの明瞭な筆致は、私たちの頭の中の、不安や迷いと怖れをあぶり出します。しかし、あまりにも正確で詳細な手術場面は、手術室前の待合ベンチで読むには些か不適当というところ。ペロウンが手術中に聞かなかった方のゴールドベルグ変奏曲のグールドバージョンを、たまたま私がイヤホンで聞いていたのも、何かの因縁かもしれません。当分はまとまった本が読めそうもありませんが、頭の中の不安や、迷いと恐れを押さえ込むのに読書と音楽は欠かせません。

この本、予約が入っているのに、図書館の返却期限を大幅に過ぎて、ゴメンなさい。次に読みたい本「神なるオオカミ」は予約がないみたいなのでこのまま、ばっくれます。後で、時間外返却ポストにそうっと返しに行かう。