壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

バルバラ異界1~4  萩尾望都

バルバラ異界1~4  萩尾望都

flowers コミックス 小学館  電子書籍

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大雨で毎日の散歩ができないことを言い訳に読書三昧の毎日です。コロナのために体操教室を止めてしまったので,本の購入費用も工面できます(頭の体操ということで)。さらに,デスクトップPCの大きな画面だと,漫画が読みやすいことに気が付いてしまいました。文庫本やコミック本の漫画は字が小さくて,老眼の進んだ私にはもう無理なのかとあきらめていましたが,電子書籍なら読めるではないですか!!! 萩尾望都のSF作品でまだ読んでいないのが『バルバラ異界』で,さっそく4巻お買い上げ。

SFのいろいろな要素が組み込まれていておもしろく,あっという間に読んでしまいましたが,読み終わって考えてみると,この物語の意味を自分が理解しているのかちょっと不明です。物語の主軸は他人の夢に入り込んで深層心理を探るプロの「夢先案内人」の渡会時夫とその息子のキリヤ,そして両親の悲惨な死後に7年間眠り続ける十条青羽。青羽の見る夢の中のバルバラとキリヤの想像の中のバルバラはどういう関係にあるのか…あらすじはかけない,だってよくわからないから。

子どものころから少女マンガをあまり読みませんでした。絵よりも言語から喚起されるイメージのほうがはるかに豊かです。私は萩尾さんと同年代なので,大人になってから萩尾作品のファンになりましたが,好きなところは何だろうと考えると,美しい絵の中に隠された不条理,何かを考えずにはいられない物語の終わり方,深層心理の象徴表現とかが思い浮かびます。文学性や哲学性という点で,少女マンガのジャンルからとびぬけたものを持っているのでしょうね。

この間NHKで『100分de萩尾望都』という番組があり,それを書籍化した本が出ているのでそのうち読んでみます。

ロボット・イン・ザ・ファミリー  デボラ・インストール

ロボット・イン・ザ・ファミリー  デボラ・インストール

松原葉子 訳  小学館文庫

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シリーズ4作目。『ロボット・イン・ザ・スクール』でジャスミンとの突然の別れを経験したチェンバーズ家に新たに参加したのは,フランキーという謎のロボットです。タングが一番元気で学校生活をスムースに送っていますが,ボニーの問題はなかなか複雑です。学校から家庭教育に移行してフランキーとボニーの関係が密接になり,タングがやきもきしています。フランキーの出自の謎に関して,ボニーに振り回されるベン。ボニーの個性に驚かされます。

ロボットと人間が家族として暮らしていくのはどういうことなのか,ベンの姪アナベルの恋愛問題も浮上し(不気味の谷を越えた)完璧なアンドロイドが登場して,この先も一騒動ありそうです。ロボットが家族だって何の不思議もなく,愛し合い,悩み,けんかするこの“普通の“ホームドラマは当分終わらなそうです。ボリンジャーの件はもう忘れていいのかしら。

おばちゃんたちのいるところ   松田青子

おばちゃんたちのいるところ   松田青子

中公文庫  電子書籍

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17編の連作短編がすごくおもしろい!!  “追いつめられた現代人のもとへ、おばちゃん(幽霊)たちが一肌脱ぎにやってくる。“という宣伝文句を頼りに読み始めました。どの話も日本の怪談(落語,講談,歌舞伎,伝承)を題材にしてはいるのですが,ユーモアに富んだストーリー展開が軽妙で,現代的な問題を女性目線で観察しているという優れものです。

昔からの怪談の多くは,「女性が虐げられ理不尽な目にあって化けて出る」のですが,ここでは,そのネガティブなエネルギーを問題解決のためのポジティブなエネルギーに変換しています。”目に見えない”ちょっとした手助けがあるだけで,人が救われる場合があるんだなと勇気をもらいました。

読み進めるうちに17の短編同士がどこかでつながっていることに気付き,幽霊会社(≠ペーパーカンパニー)の存在が見えてきました。その会社では,生死,性別,役割,年齢にかかわらず,皆が生き生きと働いています。

私もできたら早めにこの世から引退して,こんな会社で働きたい!

 

 

以下のメモはネタバレですのでご注意。

(巻末に【各作品のモチーフ一覧】がありました)

↓↓↓

 

みがきをかける【歌舞伎 娘道成寺】:男にふられて脱毛サロンに通う「私」に一年前に自殺したおばちゃんが会いに来た。私は毛深い「清姫」?

牡丹柄の灯籠【落語 牡丹灯籠】:リストラされて引きこもる新三郎のもとに来た訪問販売の2人の営業レディは露子と米子。

ひなちゃん【落語 骨つり】:繁美のもとに毎夜現われる「ひなちゃん」,もとは白骨だった。

悋気しい【落語 猫の忠信】:嫉妬のエネルギーをぜひ当社に。リクルーターがいるらしい。

おばちゃんたちのいるところ【落語 反魂香】:一年前に自殺したおばちゃんの息子茂。就活に敗れてアルバイトする会社の「お香」の製造ラインには「おばちゃん」が多いが居心地がいい。

愛してた【落語 反魂香】:においの分からない消費者のもとに「お香」のアフターサービスの「汀さん」が来た。

クズハの一生【落語 天神山】:女だからと自分を殺して生きてきたクズハが山で遭難しかけて変身!社会通念から自由になった。

彼女ができること【民話 子育て幽霊】:小さな子を残してやむを得ず夜の仕事に出るシングルマザー。世間は批判するだけで助けないけれど,見えない「おばちゃん」がそっと助けている。

燃えているのは心八百屋お七】:字が上手な七緒はお寺で御朱印書きのアルバイトをしている。お七ゆかりの寺には,たまに「推し」パワーの強い女性がやってくる。

私のスーパーパワー【落語 四谷怪談 怪談市川堤】:お岩とお紺の共通点は?ひどいアトピーをかかえる「私」のパワーは人の本質を見抜くこと。

最後のお迎え【座敷童】:改装予定の老舗ホテルに来た「汀さん」がお迎えに来たのは上品な老婦人。長年住みついている彼女こそがホテルの品格を保っているのかも。

チーム・更科【歌舞伎 紅葉狩】:10人で構成されるチームのリーダーは更科さん。有能で仕事ができるばかりか,会社対抗のスポーツ大会でも妖気が立つような強さだ。

休戦日【歌舞伎 忍夜恋曲者】:ガムちゃんと暮らす「私」はストーカー男たちからひそかに女性を守る仕事をしている。

楽しそう【落語 三年目】:結婚してすぐに死んだ妻,残されて再婚した夫は再婚後に死んだ。残された2番目の妻,みんな同じ会社で楽しそうに働いている。

エノキの一生【落語 乳房榎】:母乳神話にとらえられていた母親たちが必死でお詣りに来た,瘤をもつ榎の古木のひとりごと。

菊枝の青春【落語 皿屋敷】:播州姫路城の近くで雑貨店を営む菊枝は,納品された10枚組の皿を数え,不足分を持ってきたメーカーの好青年と出会う。

下りない【戯曲 天守物語】:姫路城の天守閣を長年守ってきた富姫。城の改修後に元気のない富姫のご機嫌うかがいに来たのが「姫川茂」。おお!「汀さん」の後任らしい。

海と山のオムレツ  カルミネ・アバーテ

海と山のオムレツ  カルミネ・アバーテ

関口英子訳 新潮クレストブックス  図書館本

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目次がレストランのメニューのような形式になっていることがすべてを語っています。南イタリアカラブリアに生まれた著者の,食べ物と家族への愛の記憶で埋め尽くされた連作短編集です。前菜からデザートまでの16編のフルコースを味わううちに,南イタリアから,ドイツ,北イタリアへ,そして再び故郷へと移動する著者の半生が語られます。

登場する料理のほとんどはその土地特有で,料理名も材料も知らないものばかりですが,おいしそうな匂いと味を思いきり堪能しました。著者が孤独な食事を嫌って,誰かと共にする食事を求め,町で見知らぬ人とテーブルを囲む話も出てきます。行事や季節の節目に家族や友人知人とする食事は大宴会のようで,次々と運ばれる料理の湯気と匂いに満ち,人々がいろいろな言語や方言で話す声が聞こえてきます。

前菜の「海と山のオムレツ」は,七歳の著者が,祖母が作った具沢山のオムレツのサンドイッチをアリーチェ岬でかもめに奪われる話ですが,最後のデザートの「クツッパと茜に染まった卵」では,同じく七歳になった息子と両親とともにアリーチェ岬に向かうのです。かもめはまたあらわれるでしょうか?

 

イタリアでコロナの初期に感染爆発があった一因は家族の絆の強さなのかな,と思いました。

家族が旅立ち巣立って10年以上,毎日一人の食卓に向かう私は不幸なわけではないけれど,家族の食卓はやはり楽しいのだと思い出しました。この本を読み終わって,楽しい気持ちと寂しい気持ちの両方を味わっています。今はコロナで孤食はやむをえませんが,寂しい思いをしている人も多いでしょう。

 

今日は大雨で散歩もできず,久しぶりに一日で読み終えてしまいました。

ミツバチと文明 クレア・プレストン

ミツバチと文明 クレア・プレストン

草思社  倉橋俊介訳  図書館本

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ミツバチと人類がどう関わってきたのか,人間がミツバチにどんなイメージを持ってきたのか,ミツバチが人類の歴史にどんな役割を果たしてきたのか(または,どんな役割を演じさせられてきたのか)を,宗教,文学,政治などいろいろな面から論じた本です。ただ,著者の専門は英文学であるためでしょう,文学とのかかわりに関する記述が圧倒的に多く,扱うミツバチも西洋ミツバチに限定されているので,『セイヨウミツバチと西洋文明』ととらえて読みました。

ミツバチは有史以前から人類と付き合いがあったけれど,品種改良などはほとんど行われず,ミツバチはずっとミツバチのままでした。時代と共に変わっていったのは人間のほうです。ミツバチはハチミツ生産者として,花粉媒介者として便利に利用されていますが,のみならず宗教,政治,芸術などにおいて,時代の要請に応じて,何かの象徴として,寓意として,そして,環境問題の旗印としてとらえられてきました。

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わが家の小さな庭にあるボリジ(ハーブ)はミツバチたちに大人気です。天気の良い日は毎日ほぼ2匹のミツバチが蜜を採取しています。写真はうまく取れませんでしたが,多分これはセイヨウミツバチでしょう。近くには大規模なイチゴ温室があるので,そこからやってきたのかな。丸っこくて小さくてモフモフシマシマで,ミツバチの見た目がこれほど可愛くなかったら,昆虫がいったん摂取して吐き戻したものを食べようとは思えません。

シャーロック・ホームズは引退後に養蜂家になったそうです。恩田陸蜜蜂と遠雷』の風間塵の父親も養蜂家でしたよね。

ミツバチが地球上から消えたらどうなるかというディストピア小説があるそうで,図書館から借りてきました。『ミツバチ』(マヤ・ルンデ)。読みたい本がたくさんあるし,時間もあるのに,高齢になると本がたくさん読めなくなるんです,悲しい。

 

以下はメモ。

1.ミツバチと人類

野生のチンパンジーがはちみつを餌にしているので,人類も有史以前から工夫してハチミツを採取していたのはたしかだが,養蜂が始まったのもずいぶんと早い時期で,紀元前3世紀にはエジプトで高度な養蜂がおこなわれていたという。ミイラの防腐剤としてハチミツが使われ,副葬品が蜜蝋で作られていた。

2.ミツバチ,その驚くべき生態

生物としてのミツバチの話はあっさりしているが,挿入図はほとんど本の挿絵から引用されていて面白い。

3.養蜂の人類史

ミツバチは人間の家畜というより,人間と共生する生物ととらえたほうがいいかもしれない。養蜂家の仕事は飼育というより放牧に近い。現在セイヨウミツバチに使われている巣箱は19世紀の半ばに発明されたもので,生産量が一気に上がったという。

4.政治的イメージの源

ハチミツ生産をして社会生活を営むミツバチは,勤勉・倹約・清潔・従順な者たちの道徳観の象徴であった。清教徒的,ハチミツを作る奴隷としての地位,飼い主から独立した自由なもの,革命家,など。なんと人間の勝手なことか!

5.敬虔と堕落の間

キリスト教におけるミツバチの位置は,神聖で潔白で貞淑(交尾しないから)。蜜蝋のろうそくは儀式に欠かせなかった。また動物の死体から生ずると信じられ,ノアの箱舟には乗せてもらえなかった。

6.ミツバチの経済

ハチミツや蜜蝋の価値は高い。かつては食糧ばかりか,薬,防腐剤など,非常に多くのものがミツバチに由来していた。現代では経済的価値が高いのは花粉媒介である。

7.アートにおけるミツバチ

六角形の巣房の完璧さは,ガウディやコルビジェに影響を与えた。ミツバチはダンスをして歌をうたう。(動物行動学としてのダンスがアートに分類されていて面白い)

8.伝承の中のミツバチ

神話とか,迷信とか,キリスト教以外の宗教的メッセージがここに分類されているw。

9.歌うミツバチ,刺すミツバチ

大衆文化の中で踊って歌うミツバチたち。マンガ,アニメ。ミツバチマーヤには原作があったのね。

10.「悪しきミツバチ」誕生と近現代

ホラー映画とか,パニック映画とか,テレビとか。アフリカミツバチとの交雑で狂暴化?

11.消えゆくミツバチ

この本の初版が書かれたのは2005年で,2006年からの蜂群崩壊症候群については,2019年に改訂されている。蜂群崩壊症候群の真の原因はいまだ確定できない。

希望荘 宮部みゆき

希望荘 宮部みゆき

小学館 

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次作『昨日がなければ明日もない』を読むのに記憶を呼び戻すため,杉村三郎シリーズの4作目を再読しました。読書記録をつけていない時期だったので,事件の内容はすっかり忘れていました。

『誰か』『名もなき毒』『ペテロの葬列』では,杉村三郎はまだ探偵ではありませんでした。裕福な家の婿として,不幸せではなかったものの,肩身が狭くてなんだか居心地悪そうに見えました。そのころは身近に起きた事件をやむを得ず解決するという探偵役ではありましたが,“本物の”私立探偵になったのは,離婚により家族と職を失い,住むところもなくした後でした。

 

「聖域」探偵事務所の近所のアパートに住む一人暮らしのおばあさんが亡くなったはずなのに,そっくりな人を見かけたという話。調査の手数料はとりあえず5千円,報酬はゴミ置き場の掃除当番を一年間代わってもらうという長閑なやりとりがほほえましい。おばあさんの身辺の事情がわかった後のある人物の悪意は苦々しい。

「希望荘」老人ホームで亡くなった父の言動に不審を抱いた息子が父の過去を調べて欲しいという。罪を犯したのではないかと疑っていたのだが,そうではなかった。真相の一部を知っていた孫の少年とのやり取りがとてもいい。

「砂男」離婚の後,探偵事務所を開くまでに至った経緯が詳しく書かれている。杉村の実家のある山梨で名物ほうとう店の店主が失踪した事件は,背景に複雑な事情があった。事件は救いのない終わり方だが,杉村は自分の居場所をつくる方向に進んでいて期待が持てる。

「二重身《ドッペルゲンガー》」震災から二か月後,探偵事務所のあった古い家は傾いて解体されることになった。杉村は大家さんの家に間借している。女子高生からの依頼は,シングルマザーの母親の交際相手が東北で震災に巻き込まれて行方不明になったというものだった。「希望荘」で知り合った少年の仲間の高校生たちとうまく付き合える人柄が杉村には備わっている。

 

読み始めるまで気が付かなかったけれど,「砂男」二重身《ドッペルゲンガー》」って,ホフマンの呪い?

鏡影劇場 逢坂剛

 鏡影劇場 逢坂剛

新潮社  図書館本

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ホフマンに関する古文書ミステリーである700頁弱二段組みのこの本は,凝りに凝った構成を持っています。本書全体は,出版と編集を任せると逢坂剛に送られてきた謎のフロッピーに入っていた文書の著者は本間鋭太,編者が逢坂剛という枠を持つのですが,その枠が揺らいでしまうような印象があります。

日本人ギタリスト倉石学がマドリッドで見つけたホフマンに関する未発見古文書から始まり,倉石の家族や知人やその古文書を解読する本間鋭太というドイツ文学者たちの複雑な関係が進行するとともに,本間による古文書の解読とホフマンに関する新たな謎が明らかになっていきます。ホフマン研究のレビュー論文か,ホフマンの評伝かと思うくらい学術的な記述がある一方,ホフマンの時代の登場人物と現代日本の登場人物があやしいまでに重なって,全部がフィクションなのかどうか,わかっていてもやはり先を読まずにはいられません。

本間によって小出しに出されていく謎に翻弄され,ホフマンの物語と倉石たちの物語が交互に出てくるばかりか,ドッペルゲンガーのように互いに呼応し合い,合わせ鏡に写る鏡像がどんどん増えて歪んで,無限ループに陥ります。

幾重にも重なる枠構造はマトリョーシカのようです。普通,マトリョーシカは外側からだんだんに内側に向かって開いていくのですが,この小説はマトリョーシカの内部から外に向かって開けていくような構造になっていて,どこまで行ったら一番外の枠にたどり着けるのか,最終章は袋とじになっていて(図書館本なので残念!)さいごまで好奇心を煽られました。

形式上の外枠は,逢坂剛の編者識語(まえがき)と編者跋語(あとがき)なのですが,あらかじめホフマンの短編を読んでいたからでしょうか,その外枠のもう一つ外側にE.T.Aホフマンが逢坂剛をもってして,この渾身の物語を書かせたという最外殻があるような気がするのです。