おばちゃんたちのいるところ 松田青子
中公文庫 電子書籍
17編の連作短編がすごくおもしろい!! “追いつめられた現代人のもとへ、おばちゃん(幽霊)たちが一肌脱ぎにやってくる。“という宣伝文句を頼りに読み始めました。どの話も日本の怪談(落語,講談,歌舞伎,伝承)を題材にしてはいるのですが,ユーモアに富んだストーリー展開が軽妙で,現代的な問題を女性目線で観察しているという優れものです。
昔からの怪談の多くは,「女性が虐げられ理不尽な目にあって化けて出る」のですが,ここでは,そのネガティブなエネルギーを問題解決のためのポジティブなエネルギーに変換しています。”目に見えない”ちょっとした手助けがあるだけで,人が救われる場合があるんだなと勇気をもらいました。
読み進めるうちに17の短編同士がどこかでつながっていることに気付き,幽霊会社(≠ペーパーカンパニー)の存在が見えてきました。その会社では,生死,性別,役割,年齢にかかわらず,皆が生き生きと働いています。
私もできたら早めにこの世から引退して,こんな会社で働きたい!
以下のメモはネタバレですのでご注意。
(巻末に【各作品のモチーフ一覧】がありました)
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みがきをかける【歌舞伎 娘道成寺】:男にふられて脱毛サロンに通う「私」に一年前に自殺したおばちゃんが会いに来た。私は毛深い「清姫」?
牡丹柄の灯籠【落語 牡丹灯籠】:リストラされて引きこもる新三郎のもとに来た訪問販売の2人の営業レディは露子と米子。
ひなちゃん【落語 骨つり】:繁美のもとに毎夜現われる「ひなちゃん」,もとは白骨だった。
悋気しい【落語 猫の忠信】:嫉妬のエネルギーをぜひ当社に。リクルーターがいるらしい。
おばちゃんたちのいるところ【落語 反魂香】:一年前に自殺したおばちゃんの息子茂。就活に敗れてアルバイトする会社の「お香」の製造ラインには「おばちゃん」が多いが居心地がいい。
愛してた【落語 反魂香】:においの分からない消費者のもとに「お香」のアフターサービスの「汀さん」が来た。
クズハの一生【落語 天神山】:女だからと自分を殺して生きてきたクズハが山で遭難しかけて変身!社会通念から自由になった。
彼女ができること【民話 子育て幽霊】:小さな子を残してやむを得ず夜の仕事に出るシングルマザー。世間は批判するだけで助けないけれど,見えない「おばちゃん」がそっと助けている。
燃えているのは心【八百屋お七】:字が上手な七緒はお寺で御朱印書きのアルバイトをしている。お七ゆかりの寺には,たまに「推し」パワーの強い女性がやってくる。
私のスーパーパワー【落語 四谷怪談 怪談市川堤】:お岩とお紺の共通点は?ひどいアトピーをかかえる「私」のパワーは人の本質を見抜くこと。
最後のお迎え【座敷童】:改装予定の老舗ホテルに来た「汀さん」がお迎えに来たのは上品な老婦人。長年住みついている彼女こそがホテルの品格を保っているのかも。
チーム・更科【歌舞伎 紅葉狩】:10人で構成されるチームのリーダーは更科さん。有能で仕事ができるばかりか,会社対抗のスポーツ大会でも妖気が立つような強さだ。
休戦日【歌舞伎 忍夜恋曲者】:ガムちゃんと暮らす「私」はストーカー男たちからひそかに女性を守る仕事をしている。
楽しそう【落語 三年目】:結婚してすぐに死んだ妻,残されて再婚した夫は再婚後に死んだ。残された2番目の妻,みんな同じ会社で楽しそうに働いている。
エノキの一生【落語 乳房榎】:母乳神話にとらえられていた母親たちが必死でお詣りに来た,瘤をもつ榎の古木のひとりごと。
菊枝の青春【落語 皿屋敷】:播州姫路城の近くで雑貨店を営む菊枝は,納品された10枚組の皿を数え,不足分を持ってきたメーカーの好青年と出会う。
下りない【戯曲 天守物語】:姫路城の天守閣を長年守ってきた富姫。城の改修後に元気のない富姫のご機嫌うかがいに来たのが「姫川茂」。おお!「汀さん」の後任らしい。