壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

希望荘 宮部みゆき

希望荘 宮部みゆき

小学館 

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次作『昨日がなければ明日もない』を読むのに記憶を呼び戻すため,杉村三郎シリーズの4作目を再読しました。読書記録をつけていない時期だったので,事件の内容はすっかり忘れていました。

『誰か』『名もなき毒』『ペテロの葬列』では,杉村三郎はまだ探偵ではありませんでした。裕福な家の婿として,不幸せではなかったものの,肩身が狭くてなんだか居心地悪そうに見えました。そのころは身近に起きた事件をやむを得ず解決するという探偵役ではありましたが,“本物の”私立探偵になったのは,離婚により家族と職を失い,住むところもなくした後でした。

 

「聖域」探偵事務所の近所のアパートに住む一人暮らしのおばあさんが亡くなったはずなのに,そっくりな人を見かけたという話。調査の手数料はとりあえず5千円,報酬はゴミ置き場の掃除当番を一年間代わってもらうという長閑なやりとりがほほえましい。おばあさんの身辺の事情がわかった後のある人物の悪意は苦々しい。

「希望荘」老人ホームで亡くなった父の言動に不審を抱いた息子が父の過去を調べて欲しいという。罪を犯したのではないかと疑っていたのだが,そうではなかった。真相の一部を知っていた孫の少年とのやり取りがとてもいい。

「砂男」離婚の後,探偵事務所を開くまでに至った経緯が詳しく書かれている。杉村の実家のある山梨で名物ほうとう店の店主が失踪した事件は,背景に複雑な事情があった。事件は救いのない終わり方だが,杉村は自分の居場所をつくる方向に進んでいて期待が持てる。

「二重身《ドッペルゲンガー》」震災から二か月後,探偵事務所のあった古い家は傾いて解体されることになった。杉村は大家さんの家に間借している。女子高生からの依頼は,シングルマザーの母親の交際相手が東北で震災に巻き込まれて行方不明になったというものだった。「希望荘」で知り合った少年の仲間の高校生たちとうまく付き合える人柄が杉村には備わっている。

 

読み始めるまで気が付かなかったけれど,「砂男」二重身《ドッペルゲンガー》」って,ホフマンの呪い?