晩年に自纂されたという歌集の冒頭歌
「めぐりあひて見しやそれともわかぬ間に雲隠れにし夜半の月かげ」
は、男女の逢瀬をうたったものではなく、久しぶりに再会した友がすっかり変わってしまったという様子を読んだ歌だそうです。この家集には娘時代に同年代の友とのやりとりがたくさん描かれていて、他の女流歌人とは違い、多感な青春時代の女友だちとの交流に重点を置いたものでした。
式部の生涯は平坦なものではなく、幼児を抱えて寡婦となり、馴れぬ宮仕えを経て四十代の始めに亡くなったとされています。自分の心の奥のゆらぎを冷静に分析しているような
「数ならぬ心に身をばまかせねど身にしたがふは心なりけり」
「心だにいかなる身にかかなふらむ思ひ知れども思ひ知られず」
の歌は感慨深いものです。
「めぐりあひて見しやそれともわかぬ間に雲隠れにし夜半の月かげ」
は、男女の逢瀬をうたったものではなく、久しぶりに再会した友がすっかり変わってしまったという様子を読んだ歌だそうです。この家集には娘時代に同年代の友とのやりとりがたくさん描かれていて、他の女流歌人とは違い、多感な青春時代の女友だちとの交流に重点を置いたものでした。
式部の生涯は平坦なものではなく、幼児を抱えて寡婦となり、馴れぬ宮仕えを経て四十代の始めに亡くなったとされています。自分の心の奥のゆらぎを冷静に分析しているような
「数ならぬ心に身をばまかせねど身にしたがふは心なりけり」
「心だにいかなる身にかかなふらむ思ひ知れども思ひ知られず」
の歌は感慨深いものです。