壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

神を見た犬 ディーノ・ブッツァーティ

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神を見た犬 ディーノ・ブッツァーティ
関口英子訳 光文社古典新訳文庫 2007年 720円

『クマの王国の物語』に続き、ブッツァーティの短編集です。古典新訳文庫が出た頃に気になっていたのを、やっと読みました。(長編は未読ですが)ブッツァーティは短編の名手ですね。描かれているのは不条理でも、読みやすくて物語が実におもしろい。昔話、SF、幻想、ショートショート、風刺といった手法で、この世の(あの世の)人間が抱えている不安と恐れ、夢と悪夢がたくみに描かれています。人間の行く末にはシニカルで悲観的なトーンが感じられるにもかかわらず、かすかなユーモアと明るさがあって読後感も悪くありませんでした。




短編集は、作品一つずつのメモを作るのが面倒ですが、図書館に返却する前にこれをしておかないと二度と思い出せないのです。  ああ、真夜中過ぎてしまいました。

↓meno↓meno↓ネタバレなので↓meno未読の方は↓meno↓meno要注意↓meno↓meno↓

天地創造
創造主に持ち込まれた惑星開発計画。生命に満ち溢れた惑星にするべく、あまたの生き物のデザインが承認された。でも美しいとはお世辞にもいえないインテリ二本足歩行生物は、全能の神がなかなかOKしない。
♪創造主は、さいごにやけくそのように承認のサインをしたんです。 

『コロンブレ』
一度ターゲットになったら一生涯つきまとわれるという、海の怪物コロンブレ。船乗りになることを諦めた少年ステファノでしたが、長じて海での仕事をし、意を決してコロンブレに向き合うと・・
♪♪コロンブレが告げる意外な事実の寓意についてあれこれ考えるけれどよく分からない。でもおもしろい。

アインシュタインとの約束』
プリンストンを散歩中の博士にあと一ヶ月の命だと悪魔が声をかけたが、重要な仕事を完成させたいと、博士はもう一ヶ月の猶予を申し出た。
♪悪魔たちは、アインシュタインの仕事の完成を喜んだ。E=mc²が原爆の隠喩に使われたりするんだね 。

『戦の歌』
国境を越えて次々と進軍する大隊の兵士が口ずさむ歌の歌詞は勇壮な戦いにはそぐわない。
♪永遠に勝ち進む軍隊は故郷に帰れないわけで、軍歌の多くはもの悲しい。

『七階』
男が入院した病院は、症状の軽重によって階が決る。一番軽い患者は七階で、下の階ほど重くなる。
♪♪♪下の階に移るので症状が進行するのか、症状にあわせて下の階に移るのか・・。最後が予想できるにもかかわらずじわじわ不安がかきたてられる。

『聖人たち』
聖人たちは海岸沿いに立ち並ぶ一軒家にそれぞれ住んでいる。新入りの聖ガンチッロは新しい家を一軒貰ったが、他の聖人たちのように嘆願の手紙を一通も配達してもらえなかった。
♪♪人々にアピールするため、地味なガンチッロが起こす奇跡が可笑しいけれど、ほのぼのした物語。カトリックの聖人たちは人間臭いところがあって親しみやすい存在なんですね。

『グランドホテルの廊下 』
トイレに行こうと部屋から出た途端、同じ目的らしい男と鉢合わせ。トイレに入ることをためらっているうちに・・
♪♪いつまでたってもトイレにいけない不条理に笑いました。ホテルの部屋はせめてトイレ付きがいいわ(笑)。

『神を見た犬』
信心の足りない村の崩れかけた礼拝堂に隠修士が住み着いたが、村人たちの信仰心は改善されないまま隠修士は凍死した。しかし隠修士が飼っていたらしい犬が村人たちをじっと見詰める。犬に見詰められているだけで、人々は不安になり教会に通い始める。
♪♪信仰とは一体何か?というような少々皮肉な雰囲気がありますが、物語としてもおもしろい。

『風船』
二人の聖人が下界を見下ろして、本当に幸せな人間が一人でもいるかどうか賭けをする。貧しい少女がやっと買ってもらった風船・・
♪小さな出来事のはずなのに、あまりにも悪意のある最後にびっくり。

『護送大隊襲撃』
病気になって出所してきた山賊の元首領プラネッタは昔の部下たちに疎んじられて、一人の山賊志望の青年だけが手下となった。警備が厳重な護送大隊を襲撃するという計画を立てるが・・
♪ファンタジックな最後。山賊版、昔はよかったなあ。

『呪われた背広』
見事な服を仕立てる謎の仕立て屋であつらえた背広のポケットからは、際限なく一万リラ札が出てくる。でもあるとき、その財源に気が付く。
♪中国の童話『宝のひょうたん』(うろ覚え)に似てるかな。

『一九八〇年の教訓』
一触即発の冷戦のさなか、ソ連の最高指導者、アメリカ大統領をはじめとする有力指導者たちが、神の思し召しにより毎週一人ずつ死んでいく。みんな責任ある地位を捨て、世界から紛争が消えた。
♪1960年代に書かれた作品で、ド・ゴール大統領も自分の死を確信したが、生きながらえてしまったのが可笑しい。

『秘密兵器』
ソ連アメリカは互いにミサイルを打ち合った。敵国をわずかな時間で完全に降伏させる秘密兵器だというが、ミサイルは白い煙を出して互いの国民を洗脳しあう。
♪立場が入れ替っただけの両国はやはり相容れない。こういう冷戦ネタは今読むと多少違和感があって、ファクトよりフィクションの方が賞味期限が長い。

『小さな暴君』
家族に可愛がられ、すっかりスポイルされた少年の話。
♪少年のあまりの意地の悪さに、苦笑。

『天国からの脱落』
天国から地上を眺める聖エルモジェネ。若者たちの様子を眺めるうちに、永遠の満ち足りた生活をすて、希望だけの地上に降りたくなった。
ブッツァーティの人間をみる優しい眼差しが感じられます。

『わずらわしい男』
誰かからの紹介で自分の窮状をぐだぐだ訴え続ける男の話を聞くが、あまりのわずらわしさ、うっとうしさにうんざりして現金を渡してしまう人たち。神様だって例外ではない。
♪ 読んでいてもうんざりするくらいのわずらわしさが伝わってくる。

『病院というところ』
怪我して血だらけの彼女を抱えているのに、担当科が違うとたらいまわし
♪こんな不条理は今の救急病院でも同じです。

『驕らぬ心』
廃車を告解室としているチェレスティーノ修道士のもとへ、告解に訪れた若い司祭。司祭さまと呼ばれることに喜びを感ずる自分の高慢さを恥じている。
♪♪告解に訪れるたびに司祭の地位があがっていく。結末は充分に予想できるのだけれども、やっぱりねと予想通りになって嬉しくなるタイプの話。

『クリスマスの物語』
クリスマスは神に満ち溢れているのに、それを独り占めしようとすると神の気配が消えてしまう。
♪♪クリスマスの時だけはクリスチャンになって教会に行きたいなあと思う、罰当たりな私です。

『マジシャン』
作家や音楽家なんて役に立たないと言わんばかりにからかい続ける男に出会った作家ブッツァーティ(たぶんね)。
♪さんざんからかわれて腹を立て、やっと文学に対する自分の信念を主張できたというわけ。

『戦艦《死》(トート)』
大戦中に秘密裏に作られたらしいナチの超弩級戦艦の記録を追い続けたレグルス元海軍大佐。
♪♪誰一人としてその戦艦の存在を知らないのだが、レグルスの頭の中でフィクションがむくむく育っていくのがひたすら面白い。うがった見方ではすべてのファクトはフィクションになる。

『この世の終わり』
ある朝突然上空に現れたとてつもなく大きい握りこぶしは神だった。人々は死を覚悟して懺悔するため司祭のもとへと殺到する。「私はどうすればいいんだ?」という司祭も含めて、この世の終わりになっても人間のエゴは変らない。
♪大きい握りこぶしが神だという、突拍子もない設定がおもしろい。ブッツァーティは汎神論的宗教観を持っているらしい。