壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

本売る日々   青山文平

本売る日々   青山文平

文藝春秋   図書館本

江戸時代、農村が豊かな時代なのだろう、村々を行商する平助が扱うのは、主に物之本と呼ばれる学術書や専門書だ。名主や在郷の商人や医家が得意先である。書物そのものが好きなのはもちろんだが、書物に知識を求めて思索をめぐらしていく人々が描かれている。古書への蘊蓄がたっぷり盛り込まれて、少し毛色の変わった時代小説だ。武士も町人も登場しないが、農村の豊かな風景と人々の豊かな心情が感じられていい雰囲気の小説だった。

「本を売る日々」「鬼に喰われた女」「初めての開板」の連作短編。行商の平助が出会った書物を愛する人々との交流が、ミステリやホラーを味付けにして書かれている。

本を売る日々」では名主の惣兵衛が孫のような歳の女を身請けした話。惣兵衛は女の思いを理解していなかった。

鬼に喰われた女」では別の村の名主が登場する。藤助は群書類従六百六十六冊を収めるために新しい座敷まで普請した。何故それまでに国学を学びたいのかという理由に納得した。藤助が語る八百比丘尼伝説のような不思議な話は切ない。

初めての開板」平助は以前より自分で開板(本を出版する事)が夢だった。村人が信を置く医者と出会い、その口訣(言い伝えの秘伝)を出版するまでのいきさつが書かれる。最も面白かった。医家の口訣というのは症例研究みたいなものか。