壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

モーダルな事象   奥泉 光

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モーダルな事象   奥泉 光
桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活
文藝春秋 本格ミステリマスターズ 2005年 1950円

桑潟幸一助教授の元に、とある童話作家の遺稿がもちこまれた。発表するや意想外の反響を得るのだが、遺稿は盗まれ、編集者は首なし死体で発見された。謎を追う女性ジャズシンガーに大戦の闇が迫る!・・というようなストーリーよりも何よりも、面白いのはやっぱり奥泉さんの文章です。自由にして過剰、視点の微妙なゆらぎは、ファジー文体?とでもいうのでしょうか、読んでいて気持ちのいいリズムで、この語り口はかなり好みです。

『鳥類学者のファンタジア』で饒舌な語りを聞かせてくれた、「うかつ体質」のフォギーさんもチョイ脇役として登場します。桑潟幸一助教授の(通称「桑幸」のダメ男ぶりの可笑しさは苦沙弥先生の系譜なのか)日常と妄想が境目なく交叉する伝奇小説の部分の非合理性と、ジャズシンガー北川アキと元夫諸橋倫敦の元夫婦探偵が捜査する探偵小説の部分の合理性が、殆ど交わることなく物語を進行させていきます。

桑幸の「駄洒落大辞典」はあのような形でしか完成し得なかったか、元夫婦はよりを戻すのか(戻ってもまたダメになりそうな予感)、500ページ越えの長編で時間はかかったけれど、とても楽しめました。次はなにを読もうかな。『「吾輩は猫である」殺人事件』を読む前に、漱石を読み返したくなりました。