壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

ある家族の会話 ナタリア・ギンズブルグ

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ある家族の会話 ナタリア・ギンズブルグ
須賀敦子訳 白水社 1992年 2400円

プリーモ・レーヴィの作品を読んでいて、以前に須賀敦子さんによって紹介されていた本を思い出しました。

家族にだけ通じるような特別な言葉使いや出来事、そういう共有体験は家族が成人して離れ離れになったとしても、幸せの記憶として長く残るものです。そんな家族の会話を中心に、可笑しくて悲しい家族の歴史、それを取り巻く知人や友人たちの動向が、イタリアの混乱した時代を背景に描かれています。

トリエステ出身のユダヤ系イタリア人であるナタリアの父ジュゼッペ・レーヴィは、トリノ大学で解剖学を教えていました。とても厳格で喧し屋ですが、浮世離れしたところがなぜか憎めません。つい笑ってしまうようなエピソードの持ち主です。ミラノ生まれの母リディアは根っからの楽天家です。登山好きで技術屋のジーノ、文学青年マリオ、サッカーに夢中のアルベルトという三人の兄、美しい姉パオラ。そして末っ子のナタリアという八人家族の生き生きとした姿が、ナタリアの目を通して描かれています。

ごく普通の、知識階級の家族の幸せな暮らしは、イタリアの政治情勢が変化するにつれ、過酷なものに変わっていきます。反ファシズムの地下運動に参加した兄たちは、逮捕されたり、国外に逃亡したりします。さらにユダヤ系であるために危険な状況はさらに増してきました。ナタリアの夫レオーネ・ギンズブルグはウクライナ出身のユダヤ人で、地下出版にかかわっていたため何度も逮捕され、ナタリアと三人の幼い子供すら南部に流刑されました。

ローマで獄死した夫レオーネを、ナタリアは自ら語ることなく、レオーネの親友に託してその悲しみを語っています。明晰な文章や抑制の効いた語り口は、須賀敦子さんが「ナタリアから書くことをならった」というように、二人に共通のものがあります。とくに若くしてなくなった夫に対する心情が間接的に表現されているところは、かえって胸を突くような悲しみが伝わってきました。

戦争が終わって平和な生活が戻ってきたとしても悲しみの記憶が消えたわけではありません。しかし、口喧しい父と天真爛漫な母の会話は、何十年たっても変わらず、面白い掛け合いが延々と続くのです。