壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

天使の蝶 プリーモ・レーヴィ

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天使の蝶 プリーモ・レーヴィ
関口英子訳 光文社古典新訳文庫 2008年 760円

アウシュビッツを生き延びたプリーモ・レーヴィの著作のうち、邦訳されているのは自伝「周期律」体験記「アウシュヴィッツは終わらない」などばかりで,創作は一点のみでした。本書は、15編の短編のうち「ケンタウロス論」以外はすべて初訳でうれしい限りです。

原題は「Storie naturali」ということで、素直に訳せば「レーヴィの博物誌」とでもなりますか。ちょっとレトロなSFで、いいですね。ここで書かれる自然はずいぶんと幅が広くて、機械や道具さえも進化しつつある生き物のようです。事務機メーカーの営業マン、シンプソン氏が売り込む奇怪な機械が可笑しい。

ビテュニアの検閲制度」 多量の検閲をこなすために機械化された検閲システムは、惨憺たる結果となった。人間による検閲は重篤な職業病をもたらしたため、家畜にゆだねることになったが・・。
♪検閲という行為がもたらす刺激に耐えられるのは、唯一ニワトリであるという。最後の押印の皮肉が効いています。

「記憶喚起剤」 田舎の医院に赴任した新米の医師モランディーは、前任者のモンサントが匂いと分子構造の研究をしていることを知って・・。
♪人生のかすかな絶望とかすかな希望。

「詩歌作成機」 アメリカの事務機メーカーNATCA社のシンプソン氏が売り込みに来たのは、「詩歌作成機」。詩人は大量の注文をこなすためにそれを購入したところ・・。
♪学習する人工知能と、創造性を機械に委ねていく詩人の滑稽なやり取りがおもしろい。

「天使の蝶」ネオテニーである人間は、現在は完全な成体ではない”という理論をとなえるレーヴ教授が、ベルリンのアパートの一室で行った実験とは・・。
♪ナチの人体実験のようで気味悪いが、結末は想像がつくような毒気を含んだ奇妙な味。

「猛成苔」 自動車の塗料に繁殖する苔を調べると、未発達ながら性の分化が見られる。もちろん?自動車の性差である。オートメンとオートウィメンの行動学的研究がなされた。
♪文明社会では無生物だって生物と同様に進化するんだそうな。

「低コストの秩序」シンプソン氏が持ち込んだのは、 元素の混合物から『本物』を複製する三次元複製機《ミメーシン》。真面目なシンプソン氏が考えるよりずっと、人間の探究心は物欲よりも強いらしく・・。
♪シンプソン氏の機械がエスカレートしてきた!

「人間の友」 サナダムシの上皮細胞の規則的な配列は、韻を踏んでいるように見える。アッシリア学を専攻するロスアードはそれを解読して一連の詩文を見出した。
♪サナダムシの宿主に対するメッセージは受け入れ難いよね~。

「《ミメーシン》の使用例」友人ジルベルトは三次元複写機でなんと自分の妻を複製したが・・。
♪その手があったか!

「転換剤」薬学研究所でかつての同僚クレーバーが開発した、光学活性のあるスピロ環化合物は、「痛み」を「快感」に転換する画期的な薬物だったが・・。
そう、痛みをとりのぞくことなどできない。絶対にとりのぞいてはいけない代物なのだ。痛みこそ、われらが番人なのだから。ときに愚かな番人ではある。頑として譲ることなく、自分の義務に病的なほど忠実で、けっして疲れを知らない。ほかのあらゆる感覚―とりわけ心地よい感覚-は、やがて疲れ、消滅してゆくというのに、痛みだけは抑えつけることも、黙らせることもできない。なぜならば、痛みは生と一体であり、生の番人でもあるからだ。 というレーヴィの言葉はなかなかに重いのです。

「眠れる冷蔵庫の美女」 冷凍保存の実験中である美女をめぐるドタバタ。
♪戯曲形式です、何を言いたいのか不明。

「美の尺度」シンプソン氏がなにやら隠密裏に機械を使用している。美を測定する機械カロスメーターは基準値を設定できるというが・・。
♪倫理観の強かったシンプソン氏の性格が変わってきたみたいですね。

ケンタウロス論」 馬小屋につながれたケンタウロスのトラーキと仲良のいい僕と、彼女の三角関係。恋に破れたトラーキは・・。
♪人間と馬という二面性を持つケンタウロスの苦悩が描かれている。

完全雇用シンプソン氏は昆虫の言語を研究した結果、ミツバチと契約を結んで仕事をさせることに成功した。さらにマイクロマニピュレーター並みの仕事をアリにさせ、本社に売り込んだ。
♪シンプソン氏はOA機器を売る営業の仕事に疑問を持ったみたいでIT(Insect Technology)に商売替え。

「創世記第六日」ヒトという種を開発するにあたって、商品開発のような企画会議が開かれる。侃々諤々の議論で結論の出ないうちに・・。
♪ID(Intelligent Design)会議の議長はアーリマンなのね。

「退職扱い」シンプソン氏はとうとうNATCA社を退職した。退職のプレゼントとして会社からもらった機械はトータル・レコーダー。他人の記憶を記録して体験することができるが習慣性があるために、シンプソン氏の老後は・・。
トータル・リコールと同じような機械です。例のアリの調教で会社と特別契約を結び悠々自適のはずだったのにね。