壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

六花落々  西條奈加

六花落々  西條奈加

祥伝社文庫  電子書籍

中谷宇吉郎の『』で、古河藩主であった土井利位が著した『雪華図説』に言及されていたので、そのつながりで読み始めた本です。

以前に読んだ西條さんの『涅槃の雪』は、時代的にはこの話のすぐあとになります。天保の飢饉に続く天保の改革が主題になっていましたが、これも一人の町与力の眼を通して語られていた、とても面白い小説でした。

古河藩の下級武士である小松尚七は、学問へのひたむきな探求心を買われ、藩の重役である鷹見忠常(鷹見泉石)に抜擢されて、古河藩主の土井利位の学問のお相手を努めることになりました。この小松尚七の眼を通して、江戸時代後期(19世紀初め)の蘭学をめぐる状況が描かれています。

著者あとがきによれば、小松尚七は実在の人物だそうです。書中では目の前の不思議な現象に捕らわれてしまうので「何故なに尚七」という名前を持つ、少し天然だけれど生真面目で欲のない人物になっています。だから、藩主土井利位や家老になった鷹見忠常たちの政治的な駆け引き、蘭学をめぐる事件(シーボルト事件)、天保の大飢饉大塩平八郎の乱など、史実に基づいた事件も、小松尚七の眼を通して柔らかく語られます。基本的にいい人といい人間関係しか描かれていないので、安心して読むことが出来ます。

物語の中心人物の一人は、鷹見忠常です。渡辺崋山の描いた有名な人物画(国宝)を見たことはありますが、描かれている人の名前は覚えていませんでした。相当に有能な人物であったらしいのです。

東京国立博物館コレクションより)鷹見泉石像

オランダ渡りの蘭鏡(顕微鏡)を使い、土井利位、鷹見忠常、小松尚七の三人は身分を超えて、雪の結晶の観察を二十年に渡って続けます。そして図説の出版にこぎつけるのです。蘭学の実践としての「雪の結晶の観察」ですが、蘭学を学ぶ姿勢は三人三様です。土井利位はディレッタントとして、鷹見忠常は政治の道具として、小松尚七は純粋な知的好奇心をもって蘭学に向かっているようです。

雪の結晶の形が変わったことで寒気を感知し、凶作を予測することや、『雪華図説』に人気が出て家紋にデザインされたとか、面白い話も盛り込まれています。

 

小石川御薬園にロシア帰りの大黒屋光太夫に会いに行く場面では、井上靖おろしや国酔夢譚』を思い出しました。50年も前に読んだので定かではありませんが、大黒屋光太夫は帰国後幽閉されていたように記憶していましたが、違うのでしょうか。新装版が電子化されているので、これも読みたくなってしまいました。

ついでに青空文庫中谷宇吉郎の『雪華図説の研究』、『雪華図説の研究後日譚』を読みました。『雪華図説の研究』は『雪華図説』の中のスケッチと顕微鏡写真を照合して解説しているもの、『雪華図説の研究後日譚』は主に鷹見忠常について書かれたものでした。

 

そろそろ『雪』から離れて違うものを読もうかと思います。