壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

泪坂  倉阪鬼一郎

泪坂  倉阪鬼一郎

光文社文庫  電子書籍

江戸情緒の人情物かと思ったら,時代は平成でした。でも東京下町の人情たっぷりの………ホラーです。

舞台は泪坂,大きな墓地のある町の切通坂の名前です。その近くに住む江戸指物の職人である橋上清次は,一人娘美鈴の嫁ぐ日に贈るため,精魂込めて姫鏡台を作っていました。でももうそれが叶わなくなりました。美鈴がいってしまったのです。それでも清次は,周りの仲間に励まされて,なんとかその鏡台を完成させようとします。

下町の情景も人情も美しく,暖かな郷愁を感じる語り口です。廻りにはマンションも立ち並ぶ街ですが,泪坂の付近だけは時代から取り残されたような風情で,季節もゆっくりと流れていきます。大きな墓地に続く鉄道の跨線橋の風景から,谷中霊園や日暮里の駅を連想しました。

 

以下ネタバレ

でも,清次とその仲間の様子がなんとなくおかしい。町会として集まる飲み会も,カラオケ大会も,どこかしら変だ。読んでいるうちに薄々感じる違和感が,M・ナイト・シャマラン監督のヒット作の「あの映画」を思い出させました。ただ,ブルース・ウィリス演じる精神科医は自分が死んでいることに気が付いていなかったけれど,清次は知っていた。叙述トリックによって読者には一応伏せた形にはなっていたけれど,読者も少し気が付いて欲しい,という書き方だった。最後まで騙されてみたかったかも。