壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

化物蝋燭  木内 昇

化物蝋燭  木内 昇

朝日文庫   Kindle

七編の短編集。どれも、江戸を舞台に庶民の暮らしを描いた不思議噺です。古めかしい文章は岡本綺堂の『鬼談』のような雰囲気ですが、ストーリーの起承転結はもっと明確で納得のいく読後感があります。こういう話は、「怪談」とか「ホラー」とかとは呼びたくない、情緒のある不思議な人情噺です。この世とあの世の曖昧な境目は、人間の心の中の壊れそうな隙間と繋がっているのでしょう。そこにそっと忍び込んでくるような話です。

七つの短編のうち

一番驚いたのが『隣の小平次』。羅宇屋の治助の隣に引っ越してきた不釣り合いな若夫婦。いったい誰が幽霊なの?

一番ゾワゾワするのが『蛼橋(こおろぎばし)』。長年住み込みで働いた店を辞め、目の不自由な母親と暮らそうとしている佐吉が、訪れた薬種屋で出会った那智という娘。読んでいて予感が先走ります。(『泪坂』とおなじ趣向ね。)

一番元気が出そうな『お柄杓』。豆腐屋で働く腕のいい職人のお由に付きまとう影のような老人とは?(輪廻転生の不思議)

一番怖いのが『幼馴染み』。おのぶとお咲。やっぱり怖いのは幽霊じゃなくて、人間なのですよ!

一番凝っているのが『化物蠟燭』。見世物の影絵師の富右治が頼まれた仕事は不可解。冒頭の童たちの歌う ♪影や道陸神 十三夜のぼた餅♪ の歌は、先日読み終えた岡本綺堂の『影を踏まれた女』にありました。(江戸時代の影絵や化物蝋燭で検索すると、とても面白い画像がたくさん見つかります。『江戸影絵』という松本清張の時代ミステリも見つけて、読もうか迷う。って、どんどん脱線している)

一番切なかったのが『むらさき』。紙問屋に奉公したばかりのお庸と、小石川の源覚寺の近くに隠遁している天才絵師との交流を描く。(実家の菩提寺の近くに小石川源覚寺(こんにゃく閻魔)があります。コロナ前にお参りして以来なので、そろそろ祖父母・父母の墓参に行こうかと思います。って、本の感想じゃないけど)

一番の謎解きが『夜番』。家具などの修繕を生業とする霊感の強い乙次が、酒問屋の怪事件の解決を頼まれる。一膳飯屋働くお冴との掛け合いが面白い。

という事で、七編とも一番面白かった。

 

木内昇の作品は『茗荷谷の猫』『』『よこまち余話』に続いて四冊目です。読んだ後に余韻の残る魅力的な作品ばかりで、他にもどんどん読みたいと思う気持ちを抑えつつ、次に読む本を楽しみにしています。どれにしようかな、受賞作の『漂砂のうたう』か『櫛挽道守』か、明治時代の建築家妻木頼黄を描いた『剛心』か、どれも読みたい。