笹の船で海をわたる 角田光代
64歳の佐織の回想から始まる、昭和を生きた「女の一生」(角田版)。あの時代にあってごく平凡な生き方をしてきた佐織と、学童疎開先でであったという少し年下の風美子は結婚によって義理の姉妹となる。昭和という時代を背景にし、性格も考え方も異なる風美子をカウンターパートに置いて、佐織の一見平凡で無自覚な生き方の心の内が(しつこいくらい)丁寧に描かれている。
佐織の回想に繰り返しでてくるのは学童疎開先の暗い記憶で、佐織はこれを罪悪感のトラウマとして自分の人生の在り方を考える手がかりにしているようだ。私は、昭和ヒトケタ世代の佐織とは半世代ばかり年齢がずれているので疎開云々の所はわからないが、自分の人生を昭和という時代に重ね合わせて考えながらこの小説を読んだ。「ああ、そういうことがあったなあ」と共感できるところとできないところと織り交ぜて、とても感慨深かった。
夫を亡くし子供たちも巣立ってシニアマンションで一人暮らす佐織は、諦めにも似た気持ちで家族と風美子を駅で見送る。小さな子供たちが作るような笹の船で頼りなく海へ漕ぎださなければならない人生だとしても、まったく希望がないわけではない。補陀落へは到達しなくても構わない。おそかれはやかれ、人は死に向かって進まなければならないのだから。