壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

ウィルバーフォース氏のヴィンテージ・ワイン ポール・トーディ

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ウィルバーフォース氏のヴィンテージ・ワイン ポール・トーディ
小竹由美子訳 白水社エクス・リブリス 2010年 2600円

酔っ払いも「信頼できない語り手」の一人であるわけで、冒頭のハッピーな語り口の裏に、語り手の危機的状況が透けて見えてきます。進行したアルコール依存症、財政的破綻から目をそらし、「僕はアル中なんかじゃない。ただ、ボルドーを愛しているだけだ。」「アルコールと呼ぶのはやめてくれないか。これはワインだ。」「飲んではいない。テイスティングしているだけだ。」「昏睡状態だって? それって眠っているのと同じことじゃないのか?」。

どうしてこんなことになってしまったのか、2006年→2004年→2003年→2002年と遡行しながらその顛末が明らかになっていきます。本書の語り手であるウィルバーフォース氏は、かつてしらふだった時にも一本ねじの抜けたようなところがあるのだけれど、それは彼の孤独な生い立ちゆえなのもしれません。膨大なワインコレクションの所有者であるフランシスと出会い、ウィルバーフォース氏が受け継いだIrresistible Inheritanceは、ワインだけではありません。そして、階級社会というのは英国のユーモア小説に必須のものなんでしょうか。

ワインに絡めとられて破滅に向かう男の話。構成の妙で最終章は、若者が新しい世界に飛び込もうと決心する場面で終わっていて、将来の希望が見えるような気がするのだけれど、四年後に彼が陥った状況をすぐに思い出して苦笑いをしました。

第一作『イエメンで鮭釣りを』とはまた別の面白いテイストでした。共通の登場人物(エック)がいたそうですが忘れちゃった・・・・。ポール・トーディの第三作、第四作も既刊だそうで楽しみです。