壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

マーブル・アーチの風 コニー・ウィリス

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マーブル・アーチの風 コニー・ウィリス
大森望 編訳 早川書房プラチナファンタジー 2008年 2000円

短編集「最後のウィネベーゴ」では”月経小説”を読んで抱腹絶倒しました。しかし、コニー・ウィリスの長編は長くて長くて、いまだ手が出せずにいます。本書は日本オリジナルの短編集で、比較的最近の作品も収まっています。卓越したユーモアと一ひねりされたプロットで、どの作品もとても楽しめました。



白亜紀後期にて』
古生物学科は大学経営の合理化のターゲットになっているらしく、学部長が教育コンサルタントとやらを差し向けてきました。古色蒼然とした講義を続ける教授、駐車違反切符を切られたことにしか関心のない教師たちのドタバタと、胡散臭い教育コンサルタントの大仰な言葉の言い換えは、独法化されたどこかの国の大学の有様にあまりにも似ていてかなり笑えます。

『ニュースレター』
クリスマスの準備に余念のない家族や知人たちが、今年はちょっと変。みんな、まともに振舞い、礼儀正しく善人になっています。ナンの友人ゲアリーに言わせると、地球外知性にのっとられているためだというのですが・・。侵略ネタなのにお気楽な解決で楽しい。

『ひいらぎ飾ろう@クリスマス』
家庭のクリスマスの飾りつけからパーティーまで、すべて専門業者によって行われるようになった近未来の話。顧客のわがままに振り回され、クリスマスプランナーのリニーは超多忙で恋人に会うことすらできません。郊外のお屋敷に呼ばれたリニーは古めかしい装飾を頼まれるのですが、それには裏がありそう・・何かの陰謀?でもこの話、ラブコメなんです。フォースターの「眺めのいい部屋」の有名なラヴシーンがあったりして、なかなかいいですよ。

『マーブル・アーチの風』
こういうユーモアとシリアスの融合はコニー・ウィリスの真骨頂ではないでしょうか。
二十年ぶりに夫婦でロンドンを訪れたトムは、地下鉄構内で異様な爆風を感じました。テロ?いやいや半世紀前の空襲?トムは友人夫婦と観る芝居の切符を求めて、地下鉄でロンドン中を駆け回るのですが・・・。
ここで描かれる別離や喪失の予感、老いや死のかすかな気配は、around60(アラウンド還暦ってアラカン?)くらいの年になると、すごくよく分ります。身につまされ、最後は胸に迫るものがありました。

『インサイダー疑惑』
オカルトが盛んなアメリカでは、インチキ霊媒師たちを糾弾するデバンカーと言われる人たちが実際に活躍しています。もっと広く、疑似科学や超常現象を検証するスケプティスト(懐疑主義者)の団体(サイコップ)もあり、マーチン・ガードナーやリチャード・ドーキンスも会員だそうです。
そういった懐疑主義を信奉するジャーナリストのロブの助手は、なぜか知的美人女優のキルディー。ビバリーヒルズの金持ち連中から大金を巻き上げているアリオーラという名の霊能者に憑依したのは、なんと往年のスケプティストであるH.L.メンケンだというのです。
憑依したメンケンの言う証拠を信じればインチキ霊媒師を糾弾できる。でも、メンケンの憑依を信じればスケプティストとしての信条に反するという、自己言及パラドックス。さらにメンケンが偽者ならば、助手のキルディーがロブを騙していたことになるという、信じたくても信じられないという恋の矛盾を抱えて、いったいどんな解決があるのでしょうか・・・・。