壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

象と耳鳴り 恩田陸

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象と耳鳴り 恩田陸
祥伝社 1999年 1700円

恩田さんの初期の短編集です。退職判事の関根多佳雄が安楽椅子探偵役をつとめます。あれっ、この関根多佳雄は、「六番目の小夜子」に出てきた関根秋の父ではないのかしら!ということは関根春と関根夏は秋のきょうだいでしょうか。

「著者あとがき」にあるように、本格推理小説を目指そうとした連作短編だということですが、論理によって構築されるべき推理は恩田陸風味に塗り替えられて、やはり結末は「もやっと」しています。でも連作短編にもかかわらず一作ごとに異なる雰囲気をもち、鮮やかなアイデアと奇妙な味を楽しめる逸品でした。

恩田さんは短距離選手として鮮やかな走りを見せてくれます。マラソン選手としての恩田さんの走りには、私はまだついて行くことができません。だって目指していたはずのゴールとは違うところに走っていってしまうのですから。

曜変天目の夜』 十年前の、友人の謎の死についての推理。導入でもう惹きつけられる。

『新・D坂の殺人事件』 渋谷の雑踏に落下した男の死因。雰囲気だけのオチが光るのはなぜ。

『給水塔』人食いと噂のある古い給水塔。ホラー風味がすてき。 ★

『象と耳鳴り』 象を見ると耳鳴りがする老婦人。枠構造に無理があるけど、雰囲気はいい。

『海にゐるのは人魚ではない』 中原中也の詩の一節から連想する推理。父と息子の会話がいい。

ニューメキシコの月』 死刑囚から貝谷検事の元に毎年送られてくる絵葉書。余韻が素晴らしい。★

『誰かに聞いた話 』お寺の大銀杏の根元に現金が埋められているという噂。とりとめのなさが面白い。

『廃園 』薔薇園の耽美さと少女の物語。幻想的な風味が素晴らしい、恩田さんならではの作品。★

『待合室の冒険』事故で息子春と駅の待合室に足止めされた間の推理。珍しく明快な結末。

『机上の論理』 一枚の写真を巡る推理ゲーム。嫌味なくらい頭のいい春・夏の二人です。

『往復書簡』 多佳雄の姪は地方の新米新聞記者。放火事件の意外な真相。伯父様、ちょっとずるいわ。★

『魔術師』都市伝説を鮮やかに謎解く。平成の大合併を巡るなかなか大きいテーマでした。