昨年亡くなられた日本文学の研究者サイデンステッカー氏の日本語による34編のエッセーです。一年の二、三ヶ月を湯島で暮らし、日本の庶民の文化をこよなく愛した氏は、湯島天神の梅を観て、藤は亀戸、牡丹は上野の東照宮、躑躅は根津権現へと散策の足を伸ばします。六月の花菖蒲は明治神宮よりも、堀切と水元公園のほうが趣があっていいといいます。そして、独りの花見は谷中の墓地に限ると。
日本語で出版するものであっても、英語で書いたものを翻訳してもらうというのが、サイデンステッカー氏の常だったそうですが、ここに集められたものはタウン誌に連載されたもので、氏が手書きで書いたのだそうです。のびのびと明解で、読んでいて心地よい文章です。失われつつある江戸の風情を、東京の中に見つけて楽しんでいるようでした。
小津映画を愛し、京都の町は好きになれないと、湯島に永住を決意したばかりだったのに、とても残念なことでした。