文化大革命のころ、内モンゴルのオロン草原に下放された知識青年・陳陣(チェンジェン)は、モンゴル人の老人ビリグの下で羊飼いをすることになりました。遊牧民たちが家畜を襲う敵であるオオカミを、同時にトーテムとして崇拝する事の不思議に惹きつけられました。陳陣はオオカミの巣穴から子オオカミを捕らえ、周囲の反対を押し切って、小狼(シャオラン)と名前をつけて飼いはじめました。この物語は著者の自伝的な部分もあるそうです。
草原での遊牧生活を送るうちに陳陣は、草原にとってオオカミがどれほど重要な役割を果たしているかに思い至ります。捕食者としてのオオカミは、黄羊(モウコガゼル)や野ネズミの数を低く抑え、草が食べつくされて草原が砂漠化するのを防いでいたのでした。また古くから遊牧民たちは生態系のバランスをよく知っていて、獲り過ぎることなく過放牧を強く戒めていました。
遊牧民とオオカミは何千年もの間、草原を守って暮らしていました。しかし、食料の増産を求め、生産性を重視する人民公社は過放牧を強制しオオカミの根絶を計画しました。さらに草原を農耕地として開墾し始め、オオカミの重要性を説く遊牧民の古老たちの言葉は全く無視されます。緑の草原と澄んだ湖は、人間に飼われた子オオカミと同様の運命をたどることになります。
草原で暮らす遊牧民たちの厳しくも勇壮な生活、狼たちが集団で狩りをする様子、オオカミと遊牧民との頭脳戦、小狼(シャオラン)のかわいらしくも誇り高い姿など、どのエピソードも素晴らしく面白い。また、陳陣(チェンジェン)が語る、「オオカミ生態学」、「オオカミ進化論」、「オオカミ兵法学」もなかなか興味深いものです。
さらに巻末で語られる「オオカミ史観」は、遊牧民族の狼性と農耕民族の羊性が相互作用して中華文明が続いてきたというもの。中国が今後さらに発展するためには、遊牧民族の狼性を輸血すべきという意見は、中国らしいユーモラスな誇張としてとらえておきましょうか。