壊れかけたメモリーの外部記憶

70代の読書記録です。あとどれくらい本が読めるんだろう…

モンスーンあるいは白いトラ

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モンスーンあるいは白いトラ クラウス・コルドン
大川温子訳 理論社 1999年 2800円

「ベルリン三部作」以外にもコルドンの本はたくさん翻訳されていました。期待している新刊を待つ間にと読み始めたら、素晴らしい本でした。インドで暮らすゴプーとバプティの、二人の少年の物語。少年たちの気持ちが丁寧に書き込まれ、さらに急展開する冒険のリアルさに引き込まれました。ファンタジーでもエンタテインメントでもない、こういう普通の物語は今のYAには貴重な存在です。

13歳のゴプーの家は貧しく、家計の助けに物売りをして働いています。ゴプーの幼い弟妹も靴磨きや洗濯でわずかな金を稼ぐ毎日。父さんがボンベイのホテルでエレベーターボーイをして稼ぐ金では、家賃を払うのがやっとです。一方のバプティは12歳で、マドラスで繊維工場を経営する大金持ち一家の一人息子です。

バプティがボンベイの浜で物売りをしているゴプーに会い、友達になりたいと思いました。ゴプーは落ち着いていて、聡明で人がよく、それが一目で分かるような少年です。バプティはお父さんに頼んで彼を自分専属の「ボーイ」として雇いマドラスにつれて帰りました。

バプティは、ゴプーと友達になる方法をこれしか思いつきませんでした。でも、豪華な屋敷の中で、「ボーイ」として働くゴプーとは友達になれないことはすぐにわかりました。ゴプーもまた、父さんの失業で家族のために給料がどうしても必要だったために「ボーイ」になったのものの、だんだんと自分らしさを失うような不安を感じていました。

ある事件をきっかけに二人は友達となり、路上生活を体験します。食べ物には不自由しても、生き生きとした楽しい毎日でした。でもモンスーンの季節となり状況は一変しました。どうしても越えられないものがあることは、二人ともわかっていました。

原作が書かれたのは1980年。インドが大きく経済発展する前に書かれた本ですが、現在でも貧困層の問題については、状況は大きく変わっていないでしょう。格差はいっそう広がったのかもしれません。この二人の少年の関係は、そのままインド社会の矛盾(貧富の差、カースト、宗教、南北など)をみごとに表しています。

著者のコルドンは、東ドイツ時代に公社で貿易に携わり、アジアやアフリカを廻っていたため、この本以外にもアジアを舞台にした物語があります。コルドンはあとがきで「ヨーロッパ人にとってインドは常に不可解で、不可解なまま終わるだろう」といっています。さらに「解決されなくても、この国とこの国の人々を愛する気持ちがこの本を書かせた」のだと。

老蛇使いマンガーとの別れ、仲間の死、少年たちの別れなど、印象的な場面を忘れることができません。困難を乗り越えていくであろう希望を少年たちに託したコルドンの思いが伝わってきます。