何か面白い本はないかと、出版社のHPめぐりをしていて見つけた本です。”外国人の見た日本”というテーマで探書していたのですが、この本は見当違いでした。著者はNY生まれ、日本在住の江戸文化研究者で、並みの日本人よりずっと日本文化に造詣の深い方です。化物の図がたくさん載っている面白本でしたが、電車の中で開くには、かなり勇気が要りそうです。
江戸の草双紙に描かれた「化物」たちは、人の世に恨みを持つ「幽霊」ではないし、民間伝承を土台にした「妖怪」の枠には納まらない、お化けキャラクターというようなものだそうです。つまり草双紙の戯作者たちが作り出した人気キャラクターは、絵本、浮世絵、芝居、見世物、瓦版の中で活躍した人気者たちだったのです。
キャラクターとしてまず強烈なのは「人魚」でした。われわれ日本人だって人魚といえば人魚姫のイメージなんですが、江戸の人魚は裏表紙の下(上の図)にあるような、かなり魚の部分が多いキャラクター。日本髪で長い胴がすっぽり魚に納まり、人面魚のようです。アンデルセンはともかくとして、ローレライもセイレーンも魔物ではあったでしょうが、日本の人魚は魚にも分類されていて、「生臭い」そうです。
人魚の肉には不老長寿の効能があることから、人魚の生干しがお膳に載っていたり、人間の亭主が人魚の女房を売り物にして、人魚の「舐め賃」一両一分で稼いだりしています。人魚は山東京伝のお気に入りのキャラクターで、可愛らしい人魚の話も多いといいます。(第一部 江戸の化物世界へようこそ)
化物たちは遊郭でも大活躍でした。化物たちは「吉原」ならぬ「草原」で花魁道中を繰りひろげます。(カバットさんいわく、吉原はディズニーランドであり、花魁道中はパレードだそうです。)見越入道は客になって遊郭に通い、毛女郎(リングの貞子のような髪)をももんがあと張り合っています。吉原には大人ネタもたくさんありました。(第二部 化物のエロス)
「忠臣蔵」のパロディーは十返舎一九の「忠臣陶物蔵」。瀬戸物たちが大星由良介、高師直、四十七士を演じています。茶碗、土瓶、溲瓶、徳利などが入り乱れて討ち入りを果たしています。筒井康隆の「虚構船団」の文房具たちも顔負けですね。一九には「化物忠臣蔵」もあります。(第三部 化物の衣食住)
豊富な図と著者の巧みな諧謔に満ちた文章によって、江戸の人々の暮らしが反転されて投影された化物たちの世界が、面白く味わえました。「漱石とあたたかな科学」で思い出した寺田寅彦の随筆に「化け物の進化」がありました。各民族の化け物にはその民族の宗教と科学と芸術とが総合されているなんて言っています。青空文庫で読みました。